「アンサンブルの勝利」

さきほど、友達から電話が来た。
ようやく東京に戻ってきたから会いましょう、という。もちろん会うつもりだ。

彼は声楽家。音域としてはベースだ。音楽は勉強すればするほど、社会と似ているなあと感じる。ひとりだけが飛び抜けていても、あのハーモニーは生まれてこない。ひとり目立つとむしろアンサンブルは壊れてしまう。アンサンブルが美しいハーモニーを創ってくれないと、アリアだけ上手でもオペラは特に聴けたものではない。音楽はどんな分野でも、どんな小曲でもかならず物語がある。童謡、唱歌、流行歌、ミュージカルソング、コマーシャルソング、そして国歌にしても、なんでもそうだ。物語のない音楽なんてどこにもない。

ヤツはアンサンブルではベースを担当する。華々しい有名なアリアはベースパートにはさほど見当たらない。だが、ベースは音楽の土台だ。地べた、大地である。しっかりと下から支えてくれないとハーモニーはあやふやになって、安定感がない。それほどベース担当は合唱ではとくに大切である。
彼の性格もベース担当らしい。そこがボクのヤツを気に入っているところだ。気遣いがいい。どの合唱団でも共通した悩み事は、ソプラノさんの我が儘ぶり、ではなかろうか。性格に適合性が欠けている人が多いからだろう…。自分がそこの主気取りになっている。
音楽は、とくに合唱、アンサンブルはスポーツチームとよく似ているし、社会生活とも共通している。

おかしな話しだが、大きなアンサンブルを創る時、ひとりくらい風邪気味でもさほど気にはならないものなのだ。みんながよく知っている「ベートーベン第9番」の「コーラス」も、ひとりくらい風邪気味の声がいても全体のハーモニーとしては安定している。
なぜか。同じパートのメンバーがそれをカバーしようとしてくれるからです。

ヤツはそんな性格から、ミュージカルの仕事も多い。三谷幸喜さんの舞台で一躍トップスターに躍り出たが、それまでは新国立劇場でもアンサンブルのみだった。でも、トップスターになったからといっても、ヤツは変わらない。だからボクのお気に入りなのだが…。

松井選手はボクにいわせれば、目下「風邪気味の声楽家」みたいなものだ。5月になると毎年かかる「風邪」だから、6月になればウソのように回復する。これも、例年どおり、に。03年もそうだった。ゴロキングとまで呼ばれていた…。04年もまたこの「5月の風邪」だったし。

さっき、松井選手のワールドシリーズでの活躍記念が届いたことをここに記した。で、思い出すことがある。それは、あのときの松井選手のコメントだ。
皆さまも記憶にあるでしょうが、「チームが勝ててほんと、よかったです」だった。ひとり有頂天になって得意になっていることばではない。確かに笑顔ではあったが、自分だけの達成感をあらわにした笑顔ではなかった…。むしろ、03年、ボストンとの死闘でポサーダ選手が打って、生還してやっとの思いで同点に追いついたあの場面。ホームベース上でジャンプして、鬼の形相でジータ選手はじめチームメイト達とガッツポーズした姿が彼のよろこびの表現に違いない、とボクは思った。チームの勝利を真のよろこびとして実感できる数少ないスポーツマンだ、と。あの姿を、音楽家が伝え続けていることば、「アンサンブルの勝利」、の瞬間である。生きる実感は多くの人とともにいてこそ感じ取れる。ボクは、あのとき不覚にも、テレビの前で涙してしまった。胸を突き上げる感動を抑えきれなかった…。歓喜と苦悩、熱情と冷淡、豊かさと貧しさなどの物語は、なにも音楽世界だけではあるまい。どうせ同じ人間がしていることだ、きっと、大リーグにだってあるはずだと、ボクは松井選手のプレーを見ながらそう思えるのだ。

いい音楽家は指揮が出来るし、譜面には忠実である。勝手な解釈はむしろ除外する。
きっと松井選手という人はやがてとんでもない監督さんになるんじゃなかろうかとさえ、思えてくる…。
こういう人がいま日本にいることを、ボクはうれしく感じる。

さあ、はやいとこ、「風邪」を治してほしいものだ。チームが「自分の風邪」をカバーしてくれていることを知っていると、こういうタイプの人って仲間達には、そうそう長くは甘えたがらないだろうから…。

人気blogランキングへ!
ここを ↑ クリックしてください

…NY152…
by mlb5533 | 2010-06-02 00:31 | 第八章