「パンダが打ちました」の物語

ともだちのひとりに、NHKの番組ディレクターがいる。
かれこれ10年以上になる。度々転勤をするのがこの仕事の特徴らしい。しばらく東京にいたかと思ったら、今度は大阪に転勤するという…。
彼女はボクが大のマツイファンであることをよく知っている。
彼女と会うときまってマツイ談義と放送談義が始まる…。大阪に転勤してしまうと、それが出来なくなるのが、ちと、寂しい。

ところで、先日のティムが投げた対ジャイアンツ戦の第1戦だった。
NHKの実況中継アナがおもしろいことを言った…。
サンドバル選手が打席に立った頃、画面にはスタンドの観客が引いた映像で映し出された。満席状態を知らせるフルショットだ。続いて、別のカメラに切り替わり、子供たちや大人までが「パンダ」のかぶり物をしている映像が映った。
そのとき、アナウンサーが解説者に、「これって、なにか意味があるんでしょうか?」と自局の映像をそう言うから、映像を見ているこちらとしては「?」となるが、しばらくアナの声が消えた。
この間に、サンドバル選手が浅いレフトフライ(だったか)を打ち上げる。
すると、あの冷静なNHKアナの声で、
「パンダが打ちました」
ボクは試合観戦の緊張感がとぎれて、吹き出して笑ってしまった…。
ほんの僅かな静寂の時間に、ディレクターか誰かが実況担当アナに、「サンドバル選手はカンフー・パンダのあだ名がある」とメモか何かで知らせたのだろう。それをそのまま読んじゃったのかも…。

現場ではこんなことは度々ある。ボクは昔、新聞記者をしていた。経済部の記者だった。原稿は鉛筆で書いた。柔らかで太い4Bを使って書いた。
このアナさんの「おかしさ」と同様の失敗は山ほどある。「新宿コマ劇場」を「新家マコ劇場」と書いたり、「一万田尚登」を「一千田登尚」と完璧に別名でドジったり、「徒歩5分」を「駆け足で1分」といい加減なことを書いたり…。失敗の原因は眠気に負けたことと、気を利かしてなどと余計なことをして事実をゆがめたこと。そのたびに編集長から「またお前かぁ、このクソバカ! 貼り出しておけ、このヘボ原稿!」と、大目玉を食らって事実、ヘボ原稿を編集部の壁に貼り出されたこともあった…。汗が止まるほどの恥ずかしさだ。若かった頃だ。
そんなボクでさえ呆れたのは、別会社で仲間の経済記者が当時増収増益を続ける音響メーカーの社長とインタビューをした際、
「ところでこの会社はなにを造ってるんですか?」
と、聞いたアホがいた。これ、実話です。

要するに、一般の方々はマスコミ関係者は「なんでも知っている」と思っているようですが、実はなにひとつ知らないのです。知らないから「取材」しなければなりません。
ただし、社長さんに会っているのに「なにを造っている会社ですか?」は、アホです。記者として落第です。事前に調べられることは調べておかないと、というレベル以下の話で、失礼極まりないインタビューです。自分だけではなく、社に悪影響が出てしまいます…。

今回の「パンダが打ちました」は、おそらくNHK局内のアナ部では「歴史的迷中継」として、語り継がれるでしょうが、この程度は「ご愛敬」と言うことで、むしろお堅いイメージの強いNHKさんがこんなに楽しいアナさんもいるというだけでも…。「ためしてガッテン」の小野文恵アナさんはボクのいちばん大好きなアナさんですが、彼女でさえ、「パンダが打ちました的ドジ」をおやりになりますよね。そこが人間的な魅力です。小野アナでさえ、完璧ではないのです。

さてさて、アナさんの仕事は大変だと思います。記者の原稿書きとは全く違って、実況中継では「消しゴム」がない。新聞社に例えたら校正ナシでそのまま印刷、ですから。これは「危険な」お仕事だろうと察します。

MLBファンの皆様もときどき「?」となるのが、新聞社の記事に書かれた選手の名前でしょう。例えば、オークランドの「David DeJesús」選手です。彼は今季から松井選手同様、オークランドの打点稼ぎの選手として期待されてカンサスから移籍してきましたね。その「David DeJesús」を、スポーツ新聞社では「デヘスス選手」と書かれることがありますし、「Josh Willingham」選手を「ウイリンガム選手」とか「ウイリンハム選手」と書いているスポーツ紙もあります。NHKの中継では「デヘスース選手」「ウィリンハム選手」と発音していますね。ヤンキースの3番打者「Mark Teixeira」選手は、「テシェイラ選手」もしくは「テシエイラ選手」また「タシュワラ選手」と書かれることもありましたが、NHKの中継では「タシュアラ選手」と発音しているようです。

NHKさんではかつて、人名や土地名を正しく伝えることにかけては大変なご苦労をしていました。記者時代に使った資料に「放送五十年史(昭和52年3月10日発行)」と「放送五十年史資料編」の二冊がボクの書棚にありますが、そのほかでのご苦労なども書き込まれていたことを思い出します。政治家、財界人、文化人、実業家など洋の東西を問わず、放送する発音には大変な取材を繰り返していたと聞いたことがあります。おそらく現在でもそのご苦労は変わりないでしょう。それがNHKさんの放送の伝統でしょう。
で、MLB選手の名前ですが、その専門の通訳と現場にも問い合わせながら「読んでいる」ことでしょう。ご本人がその読み方で納得すればいちばんいいのですが、まさか全員からは聞き出せません。
人名、土地名の発音では、NHKさんの呼び方をそのまま原稿にした方が正確なのです。もっとも、ボクはこのブログでは時々無視しちゃいますが…。ただし、中国人の名前は例えば「王建民」は「おうけんみん」と読まれているように、政治家もスポーツマンも例外のようです。漢字名はそのまま、のようです。

MLB中継はボクたちファンにしてみれば、あのタイトルバックが映し出されただけでワクワクしちゃいますが、番組制作している現場では準備が大変なのかも知れません。編集長は若い記者たちに「準備8割現場2割」と言って教育したものでしたが、放送局員の仕事も似通っているのかも知れません。
雨で順延のときどうするか、とか。試合で先発する選手のエピソードを紹介するための取材とか。記録から見たチーム、各選手の紹介とか…。言いだしたらキリがないほどの、データ収集と取材が必要になるのでしょう…。準備に精力を使うのは、マスコミの仕事の特徴でしょう。どんな準備をしていたが、その出来映えを左右するのもまた、新聞社と似ている気がします。

おそらく、あの日のディレクターとの心境としては、「パンダのかぶり物」をして観戦する子供たちや大人たちの映像を日本の茶の間に送ることで、選手とファンとの「人的距離感」を表現したかったのではないでしょうか。その映像を見たアナさんが、すかさず「いい光景ですねぇ、サンドバル選手は人気者でカンフーパンダの愛称で呼ばれているそうです。確か、チームメイトのジトー投手が付けたと聞いておりますよ」と、楽しげに紹介して欲しかったのかも知れませんね。

さて、「500同時達成」がかかるニューヨークでの試合は、いまのところNHKでの中継は予定されていません。でも、きっとNHKさんのことです、なにか用意してくれるはずでしょう。
NHKさん、がんばれ!

…NY152…
by mlb5533 | 2011-06-21 02:00 | 第九章