松井秀喜氏になった日

a0094890_15552221.gif年末とは言え、ボクにはふだんと変わりない朝だった。

いつものように珈琲をセットして、落ちるまでの時間に洗顔。熱い珈琲をいつものマグに入れ、部屋に向かい、PCをオンする。
メールを見ると…。
「30分後に松井選手が記者会見するよ」


昨日はDVDを見て、そのまま寝てしまった。
友だちのこのメールを読んだとき、ニューヨークでなにが起きたか、ボクにはわかった。
スポーツサイトを読む…。

やっぱり、か。




松井選手が引退した。
今季、シーズン途中で戦力外になった時点でボクはある程度覚悟していた。相手はMLBだ。実力主義であり、選手の新陳代謝は日本の野球界の比ではない。名前で年俸が決まることもない…。

松井選手の個人の記録がMLBサイトで紹介され、引退を惜しむ。日本のメディアも同様な記事が書かれている。
記者会見には80人以上の日米記者団が集まったという。松井選手は終始日本語で対応していたそうだ。それも彼らしい人柄だと思った。ヤンキースのジーター選手のコメントも紹介されている。
その中で、ボクが彼らしいなあと感じたのは…
記者団からのこんな質問が出た。
記者さん 「一番の思い出は?」




松井選手
長嶋監督と二人で素振りした時間。
それが一番印象に残っているかもしれない。ジャイアンツで毎日のように二人きりで指導していただいた日々がその後の野球人生の大きな礎になった。
感謝してもし尽くせない。

長嶋茂雄巨人軍名誉監督
大好きな野球を続けたいという
本心よりも、ファンの抱く松井像を優先した決断だったように思う。
最後の2、3年は投手と対戦する前に、ひざの故障と戦う毎日で、
本人も辛(つら)かっただろう。2000年の日本シリーズ、09年のワールドシリーズで、チームを優勝に導いた大きなホームランが目に浮かぶ。個人的には、二人きりで毎日続けた素振りの音が耳に残っている。これまでは飛躍を妨げないよう、あえて称賛することを控えてきたつもりだが、ユニホームを脱いだ今は、「現代で最高のホームランバッターだった」という言葉を贈りたい。



今日から「松井選手」から「松井秀喜氏」になったが、彼には複数の「恩師」がいて、日米に素晴らしい「球友」がいる。ただの飲み友だちではなさそうだ。いい人間関係をつくった人だなあ、それが彼の人柄を感じさせる。野球に対する姿勢は「個人の記録よりもチームの勝利」を最優先するプレーはボクたちマツイファンの心を掴んで離さなかった。そんな姿勢が彼の創り出した人間関係に表れるのは、その生き方として当然だろう。

淋しくなるけれど、いい引退だった。
個人的だが、このブログは続けていこうと思う。将来、松井秀喜氏が球界に復帰するかも知れない、なんてボクらしい「夢」はとっておきたいから…。
まあ、どうだろう、来季は「シスコの巨人軍」を中心に書こうかな…。マッティングリー監督の「ドジャース」も気になるし、それにやっぱり、来季、ヤバイと噂されるヤンキースも…。
MLBネタはまだまだあるので書いてみようと思っています。


a0094890_15595185.gif太平洋を越えてこの板橋のアパートからボクは精一杯の拍手を「松井選手」に送ります。
そして、「これからも球界にいて欲しい」とのボクの「夢」を託して…。




…NY152…
by mlb5533 | 2012-12-28 16:04 | 第十章