こだわりからの解放-「松井選手」

友だちから、「近頃、なんにも書いてないだろう…、無精してると鈍い人間になるぞ」って、忠告されました。「そんなことないよ、書く記事がないだけだよ」って、言い返しましたが、へたくそな弁解だったことか。お恥ずかしい。

書こうと思う素材は毎日ありますよ、ね。正直、書かないだけでした。

じゃあ、なんで…。

んーー、実は、案外くだらないことにこだわっていたのですよ。案外くだらないことと云いましたが、皆様にとっての言い方はそう云う言い方なるでしょうが、ボクしてみればこのブログを書き続けていくうえでは、重大なこだわりなのです。

こだわりとは、松井秀喜さんの肩書きなのです。
現役引退したから「松井秀喜氏」と、各紙の通りこのブログでもそうすべきだろう…。それが自然だろうし、社会性から云っても正しい、とはわかっているのですが、ボクには出来ないんです。
だって、ものすごく松井秀喜さんが「遠退いてしまった感」がするからです。国民栄誉賞まで受賞した松井氏。もう、雲の上の方であって、「ゴジ!」だの、「マツイ! 打っちゃえ!!」なんて軽々しく云えない人になったのかな、と。そう思ってしまったらボクのブログにはなり得ません。
そうなりたくないから、「松井氏」とは書けないんです。

じゃあ、現役引退した人だから「松井さん」では、どうだろうか…。
んーー、これもボクには違うんです。親近感を感じますよ、でも、親近感とは、もともと遠い関係にある間柄から生じてくる離れた人たちがおこす感情のこと。もともと、「55番」は日本でも、米国でも一緒に「大騒ぎした同類の人間」ですよ。それなのに、いまさら「松井さん」なんて、呼べないんです、ボクは…。
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で、やっとこさ、閃いたのです!
松井秀喜さんを、ボクは今までどおり、「松井選手」と呼び、そう書くことに決めました。
ヒントは松井選手が恩師・長嶋茂雄氏のことを未だに「監督」と呼んでいることでした。松井選手にとって、長嶋監督は「永遠の監督」と「選手」の関係を続けているのだ、ボクにはそう思えるのです。ボクにも、そういう人が居ます。すでに一緒に仕事をしていないのですが、未だに「…編集長」との肩書きをつけて呼ぶ先輩が居ますし、すでに会社役員になった後輩をいまだに、「おい! …」って、肩書きなしの呼び捨てて話が出来る人もいます。
つまり、どんなに年月が流れようとも、関係に大きな変化が現れる…なんてことは、ボクの人生ではおきないんです。

なので、このブログに登場する「松井秀喜」なる人物は、ボクにとっては「夢追い人」という位置づけ。ボクとおんなじ立場の人…って、このブログを立ち上げたときのままにすることにしたのです。
ここで書く「松井選手」は、現実世界の「松井秀喜」とは、ちと、違っているかも知れない。あくまでも、このブログではボクの創作の世界で生き続けている人、ってわけ。そうです、これならボクは「松井秀喜氏」を「完全無欠の私物化」ができますよ、ね、でしょ! 社会でどんな立場になろうとも、「松井選手の夢物語」は続けていける…、でしょ。
まあ、小説にせよ戯曲にせよ、モデルやキャラクターとは、作者の完全無欠の私物化がなくては始まりません。ただし、出来具合はどのような「私物化」をしているかが作品価値の高低差を示しますね。作者の世界観ともいえるとおもいますが…。なんちゃって! 生意気でした…。

ところで、皆様も書く立場になったことがあるでしょう。人を描くとき、けっこう難しかったのは肩書きとか、文字の書き方では?
「親父」と書くか「オヤジ」にするか、「友だち」と書くか「ともだち」か、それとも「友達」か…とか、ね。
くだらないこだわりだと云えるのは、読む人の立場。それはそれでいいのですが、ボクはこのような「くだらなさ」の多くのものに、人生を賭けている人間なのかも…しれない。

いつまでも、いつまでも「夢」を追い続けて生きている人、それは「松井選手」です。
プロ生活20年の歳月が流れたいま、バットを置いたら、今度は、バットを持つ人たちに「自分の技」「自分の姿勢」「自分の打撃」「自分の野球観」などを、伝える人になる。
その場が日本であれ、米国であれ、松井選手はそれを続ける。続けているその瞬間、彼は「自分の夢」の世界を創作している。

今季から、松井選手は人を育てる人になった…。

いい仕事だと、ボクは思う。

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…NY152…
by mlb5533 | 2014-01-29 02:34 | 第二部