その「涙」から、はじめよう!

本郷の坂をあがっていくと、東大に出ます。徒歩10分、程度です。
そこから右に折れて、大通りを歩き続けると、老舗の和菓子屋さんがあります。
創業は明治だ、と聞いています。店先に並べてある和菓子は時代の流れを止めたまま、そのままの姿で今日もまた、同じ形で並べられている…

王子近くに、神社があります。
地下鉄から降りて、この神社の前を歩くと、いつも覗きみてしまうのは神社の隣に立つ小さな和菓子屋さん。看板は古く、創業は寛永と書かれてあったからいったいどんな味がするのか、草餅をひとつ買って、歩きながら食べてみました。お茶が欲しくなりました。
何代も続けている和菓子屋さんは、東京だけではなく、きっと京都や仙台、金沢や松山など全国には伝統のある和菓子屋さんが多く散在していることでしょう。お茶好きの日本人のこと、甘味はもはや生活の一部です… 地方出張のおみやげはまず、甘味物なのだから。

伝統、歴史があります。

最近、経済事件が目立ちます。事件を起こしている会社をみると、ボクは「歴史は浅いなあ」と感じてしまう。5年程度で、大企業になった、と胸を張ってみせる青年実業家の笑顔はとてもとても眩しい。輝きがあります。そんな人たちにあこがれを抱く人がいても、当然でしょう。…しかし、突然消えてしまうこの不思議さ。これが、現在の日本ということなのでしょう。

昨日、日本サッカーチームがブラジルと戦って、1-4で大敗して、予選で姿を消しました。
一方、ベースボールは先だってのWBCでは「世界1」の頂点に立った。
スポーツはすべて「勝ち負けゲーム」なのだから、その都度、勝ったり、負けたりを繰り返す。
…そして、その結果の累積が歴史という伝統を創っていきます。


日本では、サッカーの歴史は野球(ベースボール)に比べると、その歴史は浅い。プロスポーツ史、という観点でみるとまだ、40年そこそこ、というのが正直なところではないでしょうか。15年、という人さえいました。
だが、野球は日本では100年が経ちました。1907年、この年日本ではじめて「有給試合」をしているのです。これは、ベースボールのふるさと、アメリカ人の方がよく知っていました。「ニッポンはベースボール先進国だから」と、熱く語ってくれたのはNYの友だちでした。
日本でプロ野球が誕生したのは1920年(大正9年)、関東大震災の3年前のことです。巨人軍は1934年(昭和9年)に。翌年(昭和10年)にタイガースが発足。そのまた翌年1936年(昭和11年)には、名古屋で2チーム、大阪の阪急も名乗りを上げて今のようなリーグ戦を戦っていたのです。

1907年、日本ではじめて「有給試合」をしてからおよそ100年目で日本ベースボールチームは、みなぎる大先輩たちとの死闘の末、ようやく「世界1」の座に上ることができたのです。
王監督がニッポン式凱旋儀式「ドーアゲ」を、ベースボールのふるさと、アメリカの空高く舞った姿は皆様もご記憶のとおりです…
どんな形であったにせよ、ニッポンベースボール(野球)が「世界1」になりましたが、
ここまで成長するのに、日本の野球選手たちは100年という時を費やしています…そして、プロ野球を愛する人たちも100年間、待ち続けたことになります。
この間、あの戦争もあり、戦場から帰らない選手になった数は大勢いたと聞いております。

ボクは、昨日のサッカーの試合で一番印象的だったのは、選手たちのプレーではありませんでした。
試合後、自分たちの負けが決まった後で、グランドから立ち上がらず寝そべったまま、子供のようにひとり、涙している中田選手の姿でした。
この姿に、誰が文句をつけられましょうか! 
「また、次があるからさッ」などという、その場限りの安っぽい言葉では、とてもとても彼の涙を止めることはできないでしょう…

かつて野球人たちも昨日の中田選手のように、長島選手がそうであり、村山投手がそうであり、古くは川上選手や藤村選手たち…も、「あの涙」をグランドに落としてきました。
そして、その姿をファンたちも一緒になって見届けてきたのが、ニッポンベースボールの歴史です。

ニッポンサッカー。
その「中田選手の涙」から始めようではありませんか! ここから、歴史を重ねていきましょう。
まだまだ若いチームです、ニッポンサッカーは。でも、この若さで4年に1度のビッグタイトル挑戦チームに育ったことだけは間違えないのだから。

a0094890_535694.gifサッカーファンたちは、中田選手たちを育てあげる「義務」があるって、ボクは思うんです。
ベースボールもその昔、同じような過ちをしでかしてきた歴史がありました。
無意味な勝敗至上主義や、過剰期待感などで彼らをみていては、選手たちは育ちません。
自分が素敵だと感じているチームを、育て上げるのも、見捨てるのも、ファンたちの「人格」にかかっています…いや、大げさではありません。ボクは心の底からそう思います。
ごひいき筋チームの負けが続くと、プッと、知らん顔。勝ってくれば、それでいい!では、まるで自分のご都合主義者。
負けが混んでいるからこそ、声援を続ける…「夢」を捨てない、一緒に信じていくファンの姿に、選手たちは育つと思っています。70年~80年代の日本サッカーは、古河、ヤンマー、三菱重工などのチームがありましたが、スポーツ記事になることは滅多にありません。
しかし、あの頃から「ニッポンサッカー」の未来を見続けた「ファン」はいたはずです。見向きもしないスポーツを、見守っていたファンが…。こういう人たちが、空いたスタンドを陣取ってくれたから、今日があるのでは…と、ボクは思います。

人って、愛されて育っていく…と、ボクは思うから。

勝敗のみにこだわっていてたら、そんな観戦の仕方で試合が見られるのでしょうか?
成果しか評価しない世界なんて、ボクは生きていられない。
ちっともサッカーのことは知らないボクだけど、なんだか「あの涙」って、すべてのスポーツに共通するなってことだけは、感じることができました… とても言葉では表現でないほどの…「生きる人間像」、を感じたものでした。

そして、日本のメディアもそろそろ「時期物経済」をあおるようなことはしてほしくない…
日本のメディアも、サッカーファンから「なるほど!」と唸らせるような報じ方をしてほしい…
要するに、安っぽくして欲しくないのですが…いかがなものでしょうか。

そう感じているのは、ボクだけだろうか…。

(ごめん! 本日はヤンキースおよびベースボールの記事は書きませんでした。このことを記録したかったので…私的に使わせてもらいました。こめんね、読者一同様へ:コラージュは筆者制作…すっごい、恥ずかしい!スペルが全然違うじゃん!…しかしまあ、これだけ堂々とやってくれれば、訂正とお詫び、どころじゃないですねぇ。あ~~~~、ひでぇ。立ち直れないですよ、この恥は… 誤字に脱字はお得意ですが、またしても…こんな大事な原稿だったのに…遅ればせながらの訂正とお詫びです。アホ記者より)

…NY152…
by mlb5533 | 2006-06-23 17:23 | 第二章