拝啓 A・ロッド選手様

A・ロッド選手が今季最初の週間MVPを受賞しました。
米大リーグは9日、ア・リーグではロドリゲス内野手(ヤンキース)とゲレーロ外野手(エンゼルス)を週間MVPに選出です。ロドリゲス選手は開幕以来昨日のボルティモア戦まで、打率.381、4本塁打、11打点を記録しました。
特に印象深い試合は、7日のオリオールズ戦でした。地元ヤンキースタジアムで逆転サヨナラ満塁ホームランを放ったあの姿はいまも目に焼き付いて消えることはありません。寒い寒い、小雪が舞っているスタジアムでのことでした…。
                 A・ロッド選手 逆転満塁サラナラ本塁打!
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彼らしい超派手な活躍。そして、なによりも日本ファンには有り難いと思ったのは、井川投手の「結果」でした。大リーグでの初マウンドで打ち込まれた井川投手の「負け」が決まっていたのに、A・ロッド選手のこの一打で帳消しにしてくれたことです。
井川投手は試合後、記者たちに「おもしろかったです」なんて、とぼけたことを言ってましたが、A・ロッド選手にちゃんとお礼を述べたんでしょうか? 気になります…まったく! これからも登板するんだから、もう少し…日本人選手らしく、コメントにも気を配って欲しいものです。なにせ7失点、なんだから…。先発投手としての自覚が欲しいですぞ。

さて、A・ロッド選手です。
1975年7月27日、ニューヨークに生まれています。両親は靴屋さんだったと聞きました。
彼が4歳のとき、家族はドミニカ共和国のサントドミンゴに移住しています。父親はマイナーリーグでキャッチャーをしています。父親は薬局をしていましたが、再び米国フロリダのマイアミに移住します。しかし、彼が8歳のとき、両親は離婚してしまいました。それ以来、母親が女手ひとつでロドリゲスと弟と妹の3人を育てました。母親は仕事を掛け持ちし、子供たちを育てたそうです。A・ロッド選手の幼年時代はさほど恵まれた家庭環境ではなかったのかもしれません。
高校時代から、スポーツ万能。1993年、大学進学が決まっていたのに、マリナーズからドラフト1位指名。大学進学を蹴って、94年、18歳で大リーグデビュー。96年には、打率.358で首位打者。まだ21歳の若者でした。
98年には、42本の本塁打、46盗塁を記録して、地元マリナーズの大スターになりました。
そして、あの2001年が巡ってきます。彼にとって2001年は、幸いなのかそれとも…
シアトルからテキサスに移籍です。
紆余曲折の末、テキサス・レンジャーズが10年総額2億5200万ドル(293億円)という空前の条件で獲得する。A・ロッド選手はメジャーでも屈指の選手であり、将来性を秘めていましたが、この非常識とも思われた長期契約と破格すぎた高額な年俸には非難の声が上がったものでした。代理人は辣腕のスコット・ボラス氏です。しかし、この契約は結果的にはチームにとっては失敗に終わっています。2001年からテキサスにおいてMVPや3年連続ホームラン王を獲得したA・ロッド選手個人は活躍をしたものの、チームは3シーズン連続最下位。その高額年俸がチーム再建の足かせとなった、とメディアは批判しています。
その契約、…10年間、293億円。んーーー、やっぱりベースボールはひとりでは戦えませんね。投手力と打撃力、そして守備力とチーム力が整ってはじめて「チーム」が出来るのですから…。

しかし、一方でチームの弱体化をA・ロッド選手ひとりに押し着せるのもおかしな話です。彼は少なくとも、大リーグでも目立たないチームにファンの目を向けさせました。そして、この記録が示すとおり、頑張っていたのです。しかし、A・ロッド選手がひとりで頑張れば頑張るほど、目立つのはA・ロッド選手だけであり、チームの「敗北」が浮き彫りになっていきました。

そして、2004年のシーズンからヤンキースに。
シーズンではあれだけ頑張ってきたA・ロッド選手は、どういう訳か「10月決戦」となると、まるで目立ちません。それどころか、チャンスにすら外野フライも上げられませんでした。
いままでの「10月」だけの成績は、
「通算46打数5安打、打率.109」
昨年だけで言えば、「14打数1安打」と、散々です。彼がベンチに戻るとき、スタンドから随分と汚いヤジが彼の背中に飛んできたものです。そりぁ、誰だって勝ちたいけれど、ボクでさえA・ロッド選手が可哀想に感じました。
挙げ句の果て、メデイアは「A・ロッド選手がいると優勝出来ない」とまで、書き立てます。
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A・ロッド選手だって、人並みの「夢」を持っているはずです。大リーグで生きているからには、
「いつの日か、環光を…」と。チームのみんなと歓声の輪を創りたい…と。

A・ロッド選手は、最高年俸選手のレッテルはどこに行ったって、付いてまわります。だから、
「出来てあたりまえ」という評価しか得られませんし、出来なければ「言われる文句」は人並み以上です。誰ひとりとして、A・ロッド選手の苦悩を理解してくれる人はいないかもしれません。
なにか言えばメディアは、ゴシップ扱い、してくるし…で。

でも、A・ロッド選手さん。
太平洋を越えた小さな島国ニッポンで、あなたのプレーを尊敬のまなざしで応援している人たちだって多いことを知ってください。とかく、ジーター選手と比べられて肩身が狭いこともあるでしょうが、そんなゴシップよりも、A・ロッド選手のホームランが美しいことを、ニッポンのファンたちは承知しています。

A・ロッド選手さん。
ヤンキース生え抜きの名選手・ドン マッティングリーコーチでさえ、「環光」を知りません。
だから、今季こそメディアを「ギャフン」と言わせましょうよ。開幕からの大活躍、雪の中で踏ん張っているA・ロッド選手のプレーに、誰しもが共感しています…。
今季「10月決戦」は、是非4番打者のままで登場してください。心から応援しています。
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獲得タイトル
アメリカンリーグMVP 2回:2003年、2005年
首位打者 1回:1996年(.358)
本塁打王 4回:2001年~2003年、2005年
打点王 1回:2002年
シルバースラッガー賞 8回:1996年,1998年~2003年(以上遊撃手部門)、2005年(三塁手部門)
ハンク・アーロン賞 3回:2001年~2003年
ゴールドグラブ賞 2回:2002年、2003年

略歴
1993年 マリナーズにドラフトで1位指名。
1996年 打率.358、36本塁打、123打点という好成績で、21歳の若さで首位打者を獲得。
1998年 史上3人目の40本塁打40盗塁を達成。
2001年 10年間で総額2億5200万ドルという破格の契約でレンジャーズに移籍。この年から3年連続で本塁打王を獲得。
2003年 チームは4年連続の最下位になったが、ア・リーグのシーズンMVPを獲得。最下位チームからのMVP獲得は史上2人目。
2004年 テキサスが年俸の一部負担することを条件にアルフォンソ・ソリアーノらとの交換トレードで、ヤンキースに入団。
2005年 4度目のホームラン王とともに、2度目のア・リーグのシーズンMVPを獲得。
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(写真素材はYahoo!sportsより コラージュは筆者)
…NY152…
by mlb5533 | 2007-04-11 01:16 | 第四章