3月22日、松井選手は2日間の休養になった。まもなく開幕するシーズンに備えて、のんびりと休暇を楽しんでいたことだろう。

さて、今日も我がNYYはレッズとの対戦があった。
結果は
NYY7-8CIN アラララッ…逆転負けって、悔しさ倍増、しかも1点差ですよ、まったくぅ。

それにして今年のレッズは強いなあ。オープン戦とはいえ、NYYに勝ち、目下14勝6敗で堂々の首位。
a0094890_1458620.jpg

今日の試合展開を見ても、まだまだパバーノ投手が気にかかる。とくに初回から四球などでノーダン満塁にしたり。不安が残って仕方がない。試合は、7回からレッズの打線が爆発して逆転した。
NYYの中継ぎ投手はこの試合を見ている限りでも、今年も苦労しそうな雲行きですぞ。

投手力には満点を感じられないが、それにしてもNYY打線の破壊力はやっぱりもの凄い…。
アブレイユ選手が故障から復活してきたが、3回、あのしなやかな打撃フォームから振り出されたバットで、白球は右翼に飛び込む。3ラン本塁打です! 続く4回には、A・ロッド選手の例によってあの左手打ちフォームから、白球を左翼の塀の外へ運びました。ソロ!
カノー君は4-2、ジーター選手は2-2、新人のカブレラ選手とサディーナ選手にも安打が出ている。
a0094890_1459545.jpg

NYYの打線はまったく心配ありません。

ベースボールは所詮「点取り合戦」です。結局、投手の力量を上回る打撃が出来れば「点が取れる」訳です。
ヤンキースの王建民投手がそのいい例でしょう。彼は昨年19勝しました。3.63の防御率はたいしたものです。彼独特の打たせて取るピッチングは見ていて楽しいです。同じ19勝したツインズのサンタナ投手の防御率は、2.77。もの凄い投手でした。
昨年までNYYに所属したジョンソン投手の防御率は5.00で、けっして誇れる数字ではなかったのですがそれでも17勝しているのです。ムッシーナ投手は昨シーズン不調とメディアは報じていましたが、けっしてそんなことはありません。防御率3.51が明らかのように王建民投手より勝っています。要は打撃との巡り合わせ、というしかありませんね。

そこでボクの予想なんですが…ねぇ…。
ボストン松坂投手が何勝するか? と各メディアは報じています。
20勝する、なんて豪語しているメディアも見かけます。確かにスゴイ投手です、松坂投手は。しかし、そう簡単にはいかないと思うのですよ。
そう、ボストン打線が果たしてどうなっているか、が問題です。3,4番の前にランナーを出せなかったらこのチームの得点能力は下がるのではないでしょうか。
それに比べてヤンキース打線は、1番から9番までどこからでもホームランが期待できるし、そもそも打線にムラがない…。中継ぎ投手力に不安はあるものの、ボストンと比べると…まだNYYのほうがマシかも…。
となると、井川投手の勝ち星がフタ桁…12,3勝は期待出るのではないでしょうか。多少調子が悪くてもチームの打線がカバーしてくれる。それに比べて、松坂投手は自分で何とかしなければならない場面が多くなる気がするのですが…。

さてさて、いずれにしても開幕はもうすぐです。ここ板橋駅の近くにある桜並木も桜のつぼみが大きく膨らんできましたよ。ボクの「夢」みたいに…ね。
a0094890_150239.jpg



…NY152…
by mlb5533 | 2007-03-23 15:00 | 第二章

第2章 復活の日

復活!

この日のYankeeStadiumは、特別だった。
全員が「松井選手の復活」を祝うために、ここに集ったからだ。

f0012316_11193698.gif
1回裏、その時が来た…。
8番DHで出場した松井選手は、カーブをはじき返して中安打! 打点1が記録された。

松井選手が打席に向かうその時だった。YankeeStadiumの観客は総立ちになって、大拍手が星空のスタジアムにこだました。
この歓声に松井選手は、ヘルメットをとって挨拶したのである…

「Returns !」

第1打席 1回裏 一死一、三塁 コーコラン(右) 中前打(打点1)(得点1)
第2打席 3回裏 先頭打者 ストークス(右) 右前打(得点1)
第3打席 4回裏 一死走者なし サラス(右) 中前打
第4打席 6回裏 一死走者なし ジャクソン(右) 中前打
第5打席 8回裏 二死走者なし R・ルーゴ(右) 四球

なんとなんと、復活したこの日、松井選手は4-4。今季開幕戦同様の爆発を見て付けてたくれた。
試合結果は、
NYY12-4TB

今日から本ブログは「第2章」になる…。

いまから関西に出張だが、明日の晩にここに帰ってきたら、たっぷりと書かせてもらうことにする…


…NY152…
by mlb5533 | 2006-09-13 11:21 | 第二章

昨日、ボクはじっとしていました…。
忘れたいけど、ボクには忘れられない辛い日だったから、なにもせず…どこにも行く気になれず、
ここ東京で、仕事だけしてました。
a0094890_4345872.gif

松井選手の復活が、9月12日でよかった! すごく、すごくよかった! 野球にも神様がいるとしたら、ボクはその神様に「あんがと」って言っちゃいます。
12日に松井選手がYankeestadiumに帰ってくるなんて、こんな素人離れした演出が出来るのは絶対に「野球の神様」以外には、出来ませんよ、ねぇ、みなさん!

明晩のニューヨークには、美しい星空があってほしい…
Yankeestadiumは超満員の人々で埋め尽くしてほしい…
人種を越えて、すべての人たちがこの試合で感動してほしい…
笑顔にあふれ、活動的であってほしい…
復活した松井選手がNYの星空に本塁打を打ってほしい…
そして、またYankeestadiumがいつもと変わりない光に満ちあふれてほしい…

なんて、ちょっとだけ感傷的になっちゃったですよ、単細胞のボクでさえ。

さてさて。またあちこち、松井選手関連のブログを見てきました。読んでたら、元気になってきましたぞ。なんたる単純人間なんでしょうか、ボクって…。

長く待ったものです、4ヶ月です。
これは冗談抜きに実話ですが、ボクの友だちでヤンキチがいますが、
「明日? 会社、休み取った」だと。そう、アイツ、です。またですよ…。


ボクの宝物に、松井選手のサイン入りNY旗があります。
もうひとつは、NYのアンティークショップで見つけた「コンパス」です。いつも、北を指しています。
19世紀の船乗りが使っていた純銀製の羅針盤です。じっと見ていたら、ショップの親父さんがボクにこう言いました。

「Find your way!」(君の道を見つけなさい ! )

で、買っちゃったのですよ。この言葉と一緒に…。

「夢」に向けた自分の方向性は、人生でときにはいろいろなことがあって、その方向性を無視したくなることもボクにはありました。ずるい人間だから…ボクは。ラクしたいから…ボクは。
でも、この「コンパス」を見るたびに思います。自分の「夢」が、どっちに向いていたかを。


a0094890_4351522.gifちょうどいい展開と節目になった気がするので、
Yankees「松井選手」の夢物語、は本日をもって
終わります。 第1章が、です!
明日2006年9月12日から、第2章、です。
ヤンキースファンのリチャード様にオガチャン、最近ご無沙汰のαーど様やニューヨークのユキコン様はじめ松井選手を応援している皆々様。
今後とも、よろしく!

(コラージュは筆者制作/筆者個人資料共)
…NY152…
by mlb5533 | 2006-09-12 18:35 | 第二章

「夢たち」が復活した日

大リーグの各チームは、今季の大詰めを迎えています。

どこのチームが「10月」に出てくるのか、各球団を応援するファンたちは気が気ではありません。ワイルドカード順位も追いかける季節になって来ました。
それにしても、数字とスポーツ競技は切っても切り離せません。数字という無機質な記号に、人たちは一喜一憂する。…そう、ボクも例外ではありません。
MLBサイトは、先々週あたりからマジックナンバーが登場していますね。いち早くそれが記入されたのは、今季NLのNYMでした。
我がNYYは、現在「15」と記されています。2位のボストンとは、9.0ゲームの大差をつけてしまった…。この時期にこの数字は、大リーグファンのボクにとっては淋しい。強いボストンが消えてしまって、ヤンキースの独走とは…。

ヤンキース選手にとっても、大詰めを迎えている時期なのですが、各コーチ陣にもまたチーム全体の方向性を決定する時期でもあります。「10月」からのワールドシリーズに向けて。
現在のコーチ陣の中には、有名な元監督もいますね。フィリーズの選手とのパイプ役になったコーチもいるのですが、ボクの関心は「ドン マッティングリー打撃コーチ」です。

a0094890_4393853.gifドン マッティングリー(Don Mattingly)
10代目のヤンキースチームキャプテン。
82年から95年、14年間ヤンキース一筋の選手生活での生涯打率は「.307」です。
84年は「.343」で首位打者。85年は「145打点」で打点王とMVP。86年は「238安打」して、最多安打。ヤンキースの「永遠の3割バッター」であり、ゴールドグラブ賞9度獲得の優れた一塁手としても、多くのファンの記憶にとどまっている選手です。

しかし、ベースボールは「ひとり」では出来ません。チームプレーのスポーツ。
ひとり気を吐いても、そのチームを「勝利」に導くのは困難でしょう。

マッティングリーが在籍していた期間、ヤンキースは「1位」になったことは一度だけ、それも地区1位です。もちろん「ワールドシリーズ優勝」とも無縁の球団でした。
彼は、1990年。最下位争いになって観客が遠退いていくスタンドを見て、かなりの苦しみを持っていたと聞きます。このことは、後のヤンキース伝説になるほど、マッティングリーはヤンキースを愛したし、大切にしていたようです。彼にとってさらに悪いことに、膝を壊して7月には障害者リストに。シーズン後半復帰しますが、チームは低迷からの脱出は到底出来なかった…。

シーズンオフに思い切って大手術を受け、1991年に復帰する。
152試合に出場したものの、打撃成績は.288。打点は68にとどまった…
チーム成績は71-91、勝率.438で、東地区(当時は西地区との2地区制)7チーム中の5位。90年の67-95、勝率.414で、最下位ほどではなかったが、それでもチームはシーズン中に上位に上がることは一度もなかったのです。

マッティングリー選手は1995年まで14年間現役を続け、その前年1994年には3地区制に。
この年、チームは久々に東地区で「地区1位」になった。1981年に地区優勝して以来の快挙だったのに…。でも、あのストライキが長引き、地区予選もリーグ優勝決定戦も、そしてワールドシリーズも中止が決定。米国のベースボールファンは、紛争に嫌気がさして、スタンドから離れていってしまった…。
そして、翌1995年。彼が現役最後の年にヤンキースは「ワイルドカード」で地区優勝決定戦に出場しますが、NYY2-3SEAで敗退しました。

ドン マッティングーは、14年間ヤンキースの、いや大リーグのスター選手中のスター選手です。
彼はヤンキースにいて「優勝」を知らない。地区予選出場、というのが彼の属した「ヤンキースのチーム成績」です。

冬のグランドで、いつか来るであろう夏の眩しい光を「夢」見た選手だったことでしょう。その姿は「冬の時代」の貴公子、でした。14年間という途方もなく「長い冬」の中で過ごした選手生活で、一度や二度「リングの輝き」を…と「夢」見たに違いないとボクは思います。

マッティグリー選手が入団する少し前、ヤンキースにはこんな派手な歴史もありました…
日本では、1979年にあの日本シリーズ広島対近鉄の死闘で、「江夏の21球物語」が生まれたが、その前年1978年の米国大リーグの地区予選のことです。

忘れるはずがありましょうか、「1978年の物語」ヤンキース対レッドソックスの死闘を。

7月後半の時点で首位レッドソックスとのゲーム差は14。どう見ても、ヤンキースは届かない。
かつて、巨人軍の長嶋監督が「メイクドラマの物語」を完結してくれましたが、それ以上のゲーム差でした。ヤンキースは、ビリー・マーティン監督を更迭すると、後半戦から連勝、そしてまた連勝と追い上げ、レギュラーシーズン最終戦でついに99勝63敗で同率首位でレッドソックスと並んだのです。
そして、1978年10月2日。
レッドソックスの本拠地フェンウェイ・パークで、史上初の地区優勝をかけた「ワンゲームプレーオフ」が行われました。ヤンキースは2点ビハインドで迎えた7回表、無安打だった「バッキー・デント遊撃手」が左翼後方のグリーンモンスターを越える逆転3ランを打ち込んだのです。「夢」を見ているようだったと、その試合を知る友だちは未だに熱く語ってくれる…。
逆転に成功するとその後も2点を加え、まさに死闘の末、「5-4」で辛くも勝った!
宿命のライバルを撃破出来たのです。
勢いに乗ったヤンキースは、その後ロイヤルズ、ドジャースと破り、遂に、「ワールドシリーズ連覇」を現実にしてしまった…。

と、いう物語は…マッティングリーがヤンキースに加入する前、でした。
こんな派手な歴史は彼が入団して14年間、水を打った静けさの中に解けて沈んでしまったのです。

「さようなら ヤンキース…」

多くのファンがStadiumから姿を消してしまった時代に、マッティングリーは打席に立ち続けました。
…誰のための、プロ選手、だったのか。


ボクは、今季米国大リーグに対して、絶対に捨てられない「夢」があります。
いや、意地、と言ってもいいです。気の弱いボクだけど、これだけはどんなことをされても持ち続けます。それは、「松井選手とマッティングリーコーチの握手」を10月に見届けるってことです。
自分の「夢」を抱いて太平洋を渡ったひとりの日本人野球選手が、ベースボールの本場米国で自分の「夢」を見果てぬ夢に終わったひとりの元選手から指導を受け、そして…やがて「輝く日」を!
絶対にボクは自分のこの目で見届けたい… そんな男たちの、美しい真実のドラマを。

松井選手の恩師は、ニッポンでは長嶋茂雄さんと言うことを誰もが知っています。
しかし、彼の打撃の更なる向上をさせてくれた米国での恩人はこの人、ドン マッティングリー打撃コーチです! これだけは、みんなに知って欲しいです。

で、ボクは思う…コーチの気持ち、のことです。自分が果たせなかった「夢」を誰かに伝えることで、伝えられた人がその知恵を生かす…そうすれば、伝えた人は伝えられた人の中で生き続けることが出来る…ってことを。
ボクは単純な人間だから、素適なことだなあって、そう思えるのですよ…。

松井選手とマッティングリーコーチの「夏のまぶしい光の輝き」を、ボクは10月初冬のYankeeStadiumで見たい! ふたり揃って、輝くばかりの笑顔を見たい! 

実は、これがボクの今季の「夢」です。

松井選手は笑顔で復活しましたね。
復活、です。ベースボールを見果てぬ夢、にしてなるものか…。
松井選手とマッティングリーのふたり「夢」は、日本にいるボクの「夢」でもあります…。
a0094890_4391446.gif

(コラージュは筆者制作/筆者個人資料共)
…NY152…
by mlb5533 | 2006-09-09 04:01 | 第二章

2Aトレントンサンダー 1勝!

試合結果は、
TRE3-1POR
ですよ。

ボクもまだ詳しくテレビなどで実際に試合運びは見ていないけれど、ボックススコアを頼りに読んでみると、こんな試合だったようです。

両チームとも、4回までは完全な投手戦です。

松井選手は1回の裏、2番ロペス選手がヒットで出塁し、3番ランディー・ルイス選手がセンターフライに倒れた後、2ダン一塁の場面で、打席に立った…。ボストン傘下2Aポートランドの右腕ハンサック投手(28歳)の変化球で、力いっぱいの空振り三振!

2回表。ポートランドはランナー2人を出して、トレントンのチャーリー・マニング投手を攻めたてたが後続が続かず、零点。

3回裏、トレントンの攻撃。ここでも2人を塁に置いたものの、あと1本が出ずに、零点。0-0が続く。

4回裏、トレントンの攻撃は、松井選手からだった。おそらく外側の球だろう。ボールが飛んだ方向は右スタンドへ。しかし、飛距離が足りずにライトフライ。

5回表、ポートランド。
三塁にランナーを置いて、ダルビン選手の左前ヒットで、1点。
これで、
TRE0-1POR
で、均衡が破れました。


さて、その裏、トレントンの攻撃です。
スコアを読んでいると、はっきり言って高校球児を思い浮かべるほどの攻撃ぶりでしたよ。
8番、9番打者が簡単にアウトになり、打順は1番ガードナー選手。安打で、2ダン一塁。
続く2番ロペス選手の打席で、二塁に盗塁して、ロペス選手4球出塁。これで2ダン、一,二塁。
そして、今日の当たり屋3番ランディー・ルイス選手がセンター前にクリーンヒット!

さあ、4番松井選手登場です!
このとき、ルイズ選手がつかさず盗塁して、三塁,二塁の形で攻めます。当然のこと、ここは松井選手は敬遠の四球で塁がすべて埋まって満塁策です。しかし、5番ダンカン選手はセカンドフライに倒れ、ここでもあと1本が出ませんでした。

TRE1-1POR
で、試合をふりだしに戻しました。

そして、7回の攻防です。これは、おもしろいですよ…
好投を続けていたフィリップ・ヒューズ投手から、チャーリー・マニング投手に交代。彼のここ10試合での防御率は1.17!すげぇ~投手が出てきたものです! なお、先発投手のヒューガス投手は、この10試合での防御率は1.29、今シーズン2.25! これも、すげぇ~です!
そのかわりはな、ポートランドはメニング投手を2ダン一,二塁まで攻めたてましたが、後続がなく、この回の攻撃はここまで。

で、7回裏です!
先頭のストッツ選手が四球でまず塁に出ました。ガードナー選手の打席で盗塁したものの、アウト。
ガードナー選手は一塁へ。ロペス選手も4球で、一,二塁。
ここで、また3番ランディー・ルイス選手センター前に適時打! ガードナー選手が帰って、
TRE2-1POR

a0094890_4425898.gifb>ここで我が松井選手です!
右前へタイムリーヒット!

ロペス選手が生還して、
TRE3-1POR
と、攻めたてました。

この試合は、トレントンサンダーの1番ガードナー選手,2番ロペスのコンビがきっちりと出塁して、3番ルイス選手と4番松井選手が、確実にランナーをホームに帰す。投手がしっかり投げて、という、まさにベースボールの教科書みたいな試合運びでした。

1,2番のアットバットは合計6、ヒット数は3。そして、得点3はすべて1,2番の選手。
3,4番のアットバットは合計7、ヒット数は3。打点3はすべてこの3,4番のバットから、でした…。

(全然、関係ないですが…「東京G」とかいうニッポンで有名なチームがあるでしょ。あのチームの選手たちは、この2A選手たちの試合運びを見て、なんと思うんでしょうかねぇ…)
あっ、そうそう。トレントンはこの試合でのエラーは、0、です!


楽しく、素晴らしい試合だったようです…
また、明日もトレントンの選手たちの活躍を期待しましょう。

ヤンキースの公式カレンダー「9月」は、松井選手ですぞ!
さあ、松井選手の今季最後の追い込みに、ボクは「デッカイ夢」を持ちますよ!

太平洋を越えて、この声が届け!!

「ガンバレ~~ マ・ツ・イィ~~~」

…NY152…
by mlb5533 | 2006-09-07 14:55 | 第二章

さぁ、復活です!

a0094890_4465094.gifホラ、来たぁ~~~! 
松井選手の復活だ!!


ボクたちはこの日、この姿を
どれほど待ち続けたことか…


あの日以来、およそ4ヶ月ぶりに、Yankeestadiumのグランドの
打撃ゲージでフリー打撃を開始。



両腕が、いつものように、そして何もなかったかのように、回転する。

向かってくる白球を素早い回転でバットの芯で叩く。そして、
快音が響く… 白球が飛ぶ… 

「32スイングで6本の柵越え」
との、見出しにボクは大満足です。やっと、松井選手がここYankeestadiumに戻ってきてくれました…。

結局ボクは、この4ヶ月間、このブログとの関わり方を振り返ってみると、結果から見ると、松井選手のファンだったなぁ…って、思いました。
もちろん、「Yankees」というチームは大好きです。その歴史や物語性においても特級品のチームなんです。それはそうなのですが、松井選手が巨人軍の4番打者という日本球界のトップの座を置いてまで、太平洋を渡った彼自身の「夢」に向かう姿に、ボクは強く共感していたんだなあ、と。

松井選手のフリー打撃を見ていたマッティングリー打撃コーチが、「2、3日これを続けたら、もう続ける理由はない」と、コメントしています。このお言葉でボクたちは充分ですよ、ね。あとは、マイナーで調整して、試合勘のなどの準備をしてくれれば…。こんなことは書きたくないけど、調整期間中はくれぐれも、無理はナシってことで…。

松井選手がフリー打撃をしたのは、A・ロッド選手たちのグループだったとか。
で、今日の試合がおもしろい。だって、A・ロッド選手が2本の本塁打を打っちゃったし、満塁でタイムリーヒットまでかっ飛ばしていました…。昨日に続く本塁打だけど、もしかしたらA・ロッド選手、元気になった松井選手に刺激されたのかなって思っちゃいました。不振だ、不調だのと騒がしくせっつかれたA・ロッド選手が、「目覚めた獅子」ようです。
しかも、この時期に、です! 最高、ですよ、ねぇ、ボクたちヤンキースファンとしては。
後は、シェフィールド選手の快復ですぞ。なんとしても、彼のあの豪快きわまりないスイングを是非是非9月までには…。

今日の試合は、
MIN1-8NYY

a0094890_4485095.gifフィリーズから移籍したライドル投手の好投が光りました。移籍後3勝目、今季11勝目です。
さあ、皆様。ここまで来たら、今年こそ「ヤンキースの夢」を実現させてあげるために、精一杯の声援を送りましょう。


松井選手は、打撃ゲージを出るとこうコメントしていました。
「もちろん試合はできる。対応できるかは分からないけれど、肉体的には、やろうと思えば今でもできる」





…NY152…
by mlb5533 | 2006-09-02 14:23 | 第二章

夢のまた「夢」…

米国時間で8月18日は、ボクにとっては長く待ち続けた日でもあります。
「ボストンとの5連戦の初日」だから。

ボクは、心のどこかで「松井選手の復活」を期待していました。各スポーツ紙やサイトでは「まだ、無理」「今季は不可能」「無理させない」等々、散々報道されている記事には目を通してはいました。
事実は承知の上です。でも、それでもやっぱりボクは…心の中で「松井選手の打撃を、18日には復活して欲しい」と叫び続けていたというのが、正直な気持ちです…。
誰だってわかっているように、泣いても笑っても、この5連戦で今季の東地区優勝の行方はほぼ決まるってことなのですから。だからこそ、ボクは松井選手の復活を…あきらめきれなかった、です。
彼にはこの5連戦、グランドにいて欲しかった。

a0094890_4532780.gifBS中継で映し出された松井選手の姿を見たときは、はっきり言って「悔しかった」です。
ベンチの隅に立って、戦況を眺めている松井選手が、ボクには痛々しかった…。
「出たかったんだろうな…きっと」
そう思うと、我慢できなくなって、なんだか分かんないけど、自然に熱いものが頬を伝わっていきました…。
「やっぱり、か」と。

今日までの結果は
NYY12-4BOS
NYY14-11BOS
NYY13-5BOS

その差は、4.5ゲームに開いています。明日は、ムッシーナ投手とシリング投手の投手戦でしょうが、いまのボストンは怪我をして欠場している主力選手が多すぎて、ボストンらしくない。
先日の8日から10日、ボストンがカンサスに3連敗したことを覚えている読者も多いと思いますが、ボクはあの3連戦でボストンは「ヤバイ」と思っていました。元ヤンキースのウェルス投手だけがなんとか凌いでいますが、投手力は正直言って「ヤバイ」です。打線だってオルティーズ選手とラミネス選手だけをマークしていれば、相手チームからは、なんとかなる勝てるチームになってしまっています。
8月に入って18試合で、6勝12敗。この結果もボクには「悔しい」です。
ボストンは絶対に強いチームでいて欲しいのです。ヤンキースの宿敵で居続けて欲しいのです。個人的には、オルティーズ選手の大ファンでもありますが、それは「ボストンがボストンでいる」という絶対条件を満たしてのこと。
誰でもがわかっているように、もし、この5連戦でNYYに4勝1敗されたら、ボストンはヤバイ。
9月15日から17日の3日間、4連戦が残っているというけれど明らかにNYY絶対有利、の立場になってしまいます。ヤンキース大ファンのボクがこんなことを言うのは、おかしな話ですが「ボストンに頑張って欲しい」です。

ヤンキースは12年間、「HOT OCTOBER !」のPLAY-OFFに進出しているチームです。誇り高いチームです。ボストンも、同様です。両チームの試合は決して、大差であって欲しくない。ハラハラ、ドキドキさせる緊張した試合をボクに見せて欲しいのです…


少しだけ仕事から解放されて、久々に書きましたが、なにを書きたかったのか…。
とにかく、明日の試合はお互いにエース投手の投げ合いなので、緊張した試合になるはずです。
a0094890_453536.gif

…NY152…
by mlb5533 | 2006-08-21 00:05 | 第二章

a0094890_456141.gifNYY5-2ATL

今日の試合結果だけみたら、なんにもドラマは感じないほどの、ごくごくありふれた点数表示です。

で、スコアボックスを見に行ったら…!
すっげぇ~~ですよ。5得点は、全部ジョンビ選手の本塁打でした!

1回2点、2回3点と得点しています。今日は、これで決まってしまいました。

R・ジョンソン投手が7回まで完封、9回にはプロクター投手が出たのですが、途中からリベラ投手に。
2人をビシッと三振に仕留めて、ゲーム終了…

A・ロッド選手はまだまだ本調子ではないけれど、彼が調子を上げてくれれば…
今日は、ジョンビ選手の日、でした。ハイ!



と、書き留めたところ、太平洋を越えまして、黄色い声でキァキァ~と、騒いでおられます方たちがいました、です。無視、出来ないほどですよ! その声は、

「今日は、ジータの日! でしょ!!」
と、叫んでおりました、です。

http://yukiconnyc.exblog.jp/
「のほほんニューヨーク暮らし」より 
筆者は:yukicon様です。

そのブログの写真を紹介しておきましょう。
                  yukicon様の看板(手作り、とか…)
a0094890_4553978.gif

筆者は、NYに住んでいるヤンキースファンの女性です。やさしく(gentleに、ってことでございますぅ)、かかわってあげましょう! もっとも、このブログは「人気ブログ」には、載っていませんが。読み応えのあるNY実生活記事ですよ。話題はNYYとは限りませんから、新聞、雑誌の「コラム」感覚で読めます。朝のコーヒーに似合った記事、ですよ。
是非、みんなもご一読のほどを…


えーい、この際、もうひとつおまけ、です!
松井選手の記事だけを、ピックアップしてくれているブログがあります!
ボクが名付けた「松井選手専門情報ブログ」とは、

http://go5go5go5.blog69.fc2.com/
「松井秀喜 GO!×3」
筆者は:えすぽり様

です。是非是非、ご参考に! で、クリックしてあげてください。きっと、よろこんで頂けるのでと、思います…


…NY152…
by mlb5533 | 2006-06-27 19:32 | 第二章

a0094890_50224.gifわがヤンキースの貴公子、ムッシーナ投手が、
2,500奪三振を達成しました。
今季9勝目であり、通算233勝です。
この調子を保っていてくれれば、今季240勝達成が見えてきます…

そして、300勝投手の栄光まで背番号35には期待できますね。

ここのところ、勝ちと負けがあっちに転んだり、こっちに着たりで、連勝があったと思えばすぐに連敗。でも、ムッシーナ投手が登場すると、グランドは落ち着いてくるから不思議です…

あの、一本背負いみたいな独特のフォームは貴公子ならではの美しき投法。ホント、彼って日本のオナゴにモテますねぇ。
38歳には、とてもとても見えません…
工藤投手みたいに、彼っていつまでも若々しい。ここのところ、NYYは書きたくなるような試合が少ないけれど、記録だけはしておきましょう…


さて、こんなヘンテコな原稿はやめます!

今日はシカゴの井口選手です。このブログでは、初登場ですが、なにせ3+4=7…
そう、2打席連続ホームランで、3ランを打ち、9回の打席では、なんと満塁ホームラン!

お見事!
これも、日本選手の活躍なので、ここの記録しておきましょう…

f0012316_458513.gif


あ~~~、それにつけても、だんだん「欠乏症」になってきましたよ。
松井選手の、です。

今日の新聞記事によると、松井選手は自宅からスタジアムまでクルマを運転したとか。
その記事を読んで、「!」と反応したボクです。実はボク、左手首をひどい捻挫をしたことがありました。カバンが持てません。少しでも手首をひねると、激痛が走りました。
で、クルマで通勤していますが、あの時ばかりは電車でした。

痛みが治まって、もういいだろうと自分のクルマを車庫から出して運転したのですが、ハンドル操作
の微妙な動きから手首がまた、痛くなったものです。

ところが、今日の松井選手は「まったく、問題なし!」とのお言葉でしたから、思いの外、順調な快復をしている…と、思ったものです。あれは、経験者ならよくご存じのことですよ、ね。

松井選手がバッティング練習でも始めたら、もう各メディアは総動員になっちゃうことでしょう…
そんな日ももう、まもなく…かな。
(例によって、ヘタッピなコラージュは筆者の制作)
…NY152…
by mlb5533 | 2006-06-27 05:03 | 第二章

本郷の坂をあがっていくと、東大に出ます。徒歩10分、程度です。
そこから右に折れて、大通りを歩き続けると、老舗の和菓子屋さんがあります。
創業は明治だ、と聞いています。店先に並べてある和菓子は時代の流れを止めたまま、そのままの姿で今日もまた、同じ形で並べられている…

王子近くに、神社があります。
地下鉄から降りて、この神社の前を歩くと、いつも覗きみてしまうのは神社の隣に立つ小さな和菓子屋さん。看板は古く、創業は寛永と書かれてあったからいったいどんな味がするのか、草餅をひとつ買って、歩きながら食べてみました。お茶が欲しくなりました。
何代も続けている和菓子屋さんは、東京だけではなく、きっと京都や仙台、金沢や松山など全国には伝統のある和菓子屋さんが多く散在していることでしょう。お茶好きの日本人のこと、甘味はもはや生活の一部です… 地方出張のおみやげはまず、甘味物なのだから。

伝統、歴史があります。

最近、経済事件が目立ちます。事件を起こしている会社をみると、ボクは「歴史は浅いなあ」と感じてしまう。5年程度で、大企業になった、と胸を張ってみせる青年実業家の笑顔はとてもとても眩しい。輝きがあります。そんな人たちにあこがれを抱く人がいても、当然でしょう。…しかし、突然消えてしまうこの不思議さ。これが、現在の日本ということなのでしょう。

昨日、日本サッカーチームがブラジルと戦って、1-4で大敗して、予選で姿を消しました。
一方、ベースボールは先だってのWBCでは「世界1」の頂点に立った。
スポーツはすべて「勝ち負けゲーム」なのだから、その都度、勝ったり、負けたりを繰り返す。
…そして、その結果の累積が歴史という伝統を創っていきます。


日本では、サッカーの歴史は野球(ベースボール)に比べると、その歴史は浅い。プロスポーツ史、という観点でみるとまだ、40年そこそこ、というのが正直なところではないでしょうか。15年、という人さえいました。
だが、野球は日本では100年が経ちました。1907年、この年日本ではじめて「有給試合」をしているのです。これは、ベースボールのふるさと、アメリカ人の方がよく知っていました。「ニッポンはベースボール先進国だから」と、熱く語ってくれたのはNYの友だちでした。
日本でプロ野球が誕生したのは1920年(大正9年)、関東大震災の3年前のことです。巨人軍は1934年(昭和9年)に。翌年(昭和10年)にタイガースが発足。そのまた翌年1936年(昭和11年)には、名古屋で2チーム、大阪の阪急も名乗りを上げて今のようなリーグ戦を戦っていたのです。

1907年、日本ではじめて「有給試合」をしてからおよそ100年目で日本ベースボールチームは、みなぎる大先輩たちとの死闘の末、ようやく「世界1」の座に上ることができたのです。
王監督がニッポン式凱旋儀式「ドーアゲ」を、ベースボールのふるさと、アメリカの空高く舞った姿は皆様もご記憶のとおりです…
どんな形であったにせよ、ニッポンベースボール(野球)が「世界1」になりましたが、
ここまで成長するのに、日本の野球選手たちは100年という時を費やしています…そして、プロ野球を愛する人たちも100年間、待ち続けたことになります。
この間、あの戦争もあり、戦場から帰らない選手になった数は大勢いたと聞いております。

ボクは、昨日のサッカーの試合で一番印象的だったのは、選手たちのプレーではありませんでした。
試合後、自分たちの負けが決まった後で、グランドから立ち上がらず寝そべったまま、子供のようにひとり、涙している中田選手の姿でした。
この姿に、誰が文句をつけられましょうか! 
「また、次があるからさッ」などという、その場限りの安っぽい言葉では、とてもとても彼の涙を止めることはできないでしょう…

かつて野球人たちも昨日の中田選手のように、長島選手がそうであり、村山投手がそうであり、古くは川上選手や藤村選手たち…も、「あの涙」をグランドに落としてきました。
そして、その姿をファンたちも一緒になって見届けてきたのが、ニッポンベースボールの歴史です。

ニッポンサッカー。
その「中田選手の涙」から始めようではありませんか! ここから、歴史を重ねていきましょう。
まだまだ若いチームです、ニッポンサッカーは。でも、この若さで4年に1度のビッグタイトル挑戦チームに育ったことだけは間違えないのだから。

a0094890_535694.gifサッカーファンたちは、中田選手たちを育てあげる「義務」があるって、ボクは思うんです。
ベースボールもその昔、同じような過ちをしでかしてきた歴史がありました。
無意味な勝敗至上主義や、過剰期待感などで彼らをみていては、選手たちは育ちません。
自分が素敵だと感じているチームを、育て上げるのも、見捨てるのも、ファンたちの「人格」にかかっています…いや、大げさではありません。ボクは心の底からそう思います。
ごひいき筋チームの負けが続くと、プッと、知らん顔。勝ってくれば、それでいい!では、まるで自分のご都合主義者。
負けが混んでいるからこそ、声援を続ける…「夢」を捨てない、一緒に信じていくファンの姿に、選手たちは育つと思っています。70年~80年代の日本サッカーは、古河、ヤンマー、三菱重工などのチームがありましたが、スポーツ記事になることは滅多にありません。
しかし、あの頃から「ニッポンサッカー」の未来を見続けた「ファン」はいたはずです。見向きもしないスポーツを、見守っていたファンが…。こういう人たちが、空いたスタンドを陣取ってくれたから、今日があるのでは…と、ボクは思います。

人って、愛されて育っていく…と、ボクは思うから。

勝敗のみにこだわっていてたら、そんな観戦の仕方で試合が見られるのでしょうか?
成果しか評価しない世界なんて、ボクは生きていられない。
ちっともサッカーのことは知らないボクだけど、なんだか「あの涙」って、すべてのスポーツに共通するなってことだけは、感じることができました… とても言葉では表現でないほどの…「生きる人間像」、を感じたものでした。

そして、日本のメディアもそろそろ「時期物経済」をあおるようなことはしてほしくない…
日本のメディアも、サッカーファンから「なるほど!」と唸らせるような報じ方をしてほしい…
要するに、安っぽくして欲しくないのですが…いかがなものでしょうか。

そう感じているのは、ボクだけだろうか…。

(ごめん! 本日はヤンキースおよびベースボールの記事は書きませんでした。このことを記録したかったので…私的に使わせてもらいました。こめんね、読者一同様へ:コラージュは筆者制作…すっごい、恥ずかしい!スペルが全然違うじゃん!…しかしまあ、これだけ堂々とやってくれれば、訂正とお詫び、どころじゃないですねぇ。あ~~~~、ひでぇ。立ち直れないですよ、この恥は… 誤字に脱字はお得意ですが、またしても…こんな大事な原稿だったのに…遅ればせながらの訂正とお詫びです。アホ記者より)

…NY152…
by mlb5533 | 2006-06-23 17:23 | 第二章