一夜明けても…

松井選手の引退会見から一夜明けた今日になっても、「55」の話題がメディアを賑わしています。
野球選手の引退をこれほど紙面を割いて報じているのは、かつての長嶋さん、王さんのふたりくらいではなかったでしょうか…。

松井選手の記事としては滅多にお目にかかれないプライベートな記事も飛び込んで来ます。
そうです、二世の誕生を告げる「松井秀、3月誕生「ミニラ」に託す伝説第2章」の朗報が読者の心を和ませてくれます。

他のビッグニュースは、「まだ検討段階」との条件付きですが、なんとなんと、あのヤンキースが松井選手ひとりのために「引退試合」を企画している、とのことです。09年のワールドシリーズで、打率6割以上を打ち、3本塁打を放ち、6戦では打点6を挙げてヤンキースを「優勝」に導き、MVPまで獲得した選手に「引退試合」を企画するとは! もし実現したとしたら、これは「本物のニュース」ですぞ。

ヤンキースと東京ジャイアンツはなんでも、業務提携しているほど両社の関係は近いようなので、ただの「夢企画」ではなさそうです。それに加えて、松井選手は来季から、ヤンキースとコーチ契約の話が進んでいることも今日の段階ですでに報じています。
「もっと英語を学びたい。せっかく時間ができたから、有効に使わないと」とのご本人のコメントも気になりますね。まあ、10年もNYで生活していますから日常会話には困らないでしょうが、デリケートな、ちと、文学的な表現は確かに学ばないと身につきませんし、ね。

そして、です。
安倍総理はじめ閣僚まで松井選手にコメントしていました。
そのなかで、「国民栄誉賞」の話まですすんでいる、とか…。

松井選手はまだまだ元気です!



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by mlb5533 | 2012-12-29 12:34 | 第十章

松井秀喜氏になった日

a0094890_15552221.gif年末とは言え、ボクにはふだんと変わりない朝だった。

いつものように珈琲をセットして、落ちるまでの時間に洗顔。熱い珈琲をいつものマグに入れ、部屋に向かい、PCをオンする。
メールを見ると…。
「30分後に松井選手が記者会見するよ」


昨日はDVDを見て、そのまま寝てしまった。
友だちのこのメールを読んだとき、ニューヨークでなにが起きたか、ボクにはわかった。
スポーツサイトを読む…。

やっぱり、か。




松井選手が引退した。
今季、シーズン途中で戦力外になった時点でボクはある程度覚悟していた。相手はMLBだ。実力主義であり、選手の新陳代謝は日本の野球界の比ではない。名前で年俸が決まることもない…。

松井選手の個人の記録がMLBサイトで紹介され、引退を惜しむ。日本のメディアも同様な記事が書かれている。
記者会見には80人以上の日米記者団が集まったという。松井選手は終始日本語で対応していたそうだ。それも彼らしい人柄だと思った。ヤンキースのジーター選手のコメントも紹介されている。
その中で、ボクが彼らしいなあと感じたのは…
記者団からのこんな質問が出た。
記者さん 「一番の思い出は?」




松井選手
長嶋監督と二人で素振りした時間。
それが一番印象に残っているかもしれない。ジャイアンツで毎日のように二人きりで指導していただいた日々がその後の野球人生の大きな礎になった。
感謝してもし尽くせない。

長嶋茂雄巨人軍名誉監督
大好きな野球を続けたいという
本心よりも、ファンの抱く松井像を優先した決断だったように思う。
最後の2、3年は投手と対戦する前に、ひざの故障と戦う毎日で、
本人も辛(つら)かっただろう。2000年の日本シリーズ、09年のワールドシリーズで、チームを優勝に導いた大きなホームランが目に浮かぶ。個人的には、二人きりで毎日続けた素振りの音が耳に残っている。これまでは飛躍を妨げないよう、あえて称賛することを控えてきたつもりだが、ユニホームを脱いだ今は、「現代で最高のホームランバッターだった」という言葉を贈りたい。



今日から「松井選手」から「松井秀喜氏」になったが、彼には複数の「恩師」がいて、日米に素晴らしい「球友」がいる。ただの飲み友だちではなさそうだ。いい人間関係をつくった人だなあ、それが彼の人柄を感じさせる。野球に対する姿勢は「個人の記録よりもチームの勝利」を最優先するプレーはボクたちマツイファンの心を掴んで離さなかった。そんな姿勢が彼の創り出した人間関係に表れるのは、その生き方として当然だろう。

淋しくなるけれど、いい引退だった。
個人的だが、このブログは続けていこうと思う。将来、松井秀喜氏が球界に復帰するかも知れない、なんてボクらしい「夢」はとっておきたいから…。
まあ、どうだろう、来季は「シスコの巨人軍」を中心に書こうかな…。マッティングリー監督の「ドジャース」も気になるし、それにやっぱり、来季、ヤバイと噂されるヤンキースも…。
MLBネタはまだまだあるので書いてみようと思っています。


a0094890_15595185.gif太平洋を越えてこの板橋のアパートからボクは精一杯の拍手を「松井選手」に送ります。
そして、「これからも球界にいて欲しい」とのボクの「夢」を託して…。




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by mlb5533 | 2012-12-28 16:04 | 第十章

気になって…

今季、MLBは新旧交代が目立ったシーズンだったが、その中で一際ボクの中で輝きを放った若き選手がいる。サンフランシスコ・ジャイアンツのポージー選手だ。

来季、ボクの注目チームナンバーワンはジャイアンツ。
ドジャースはまるでニューヨークチームのような選手獲得策を展開しているけれど、どうだろう、本気でWSに勝てるのだろうかと疑問がよぎってしまう。スター選手を並べたらそれはゲーム観戦は楽しい。けれど、ベースボールはなんと言っても「綜合チーム力」だ。昨年もし、ポージー選手があんな大怪我をしなかったとしたら、ティムの勝ち星ももう少し上まわっていたことだろう。現にティムはポージーが正捕手として今季カムバックしたことで勝ち星が増えている。

来季ジャイアンツはもっと強烈にチーム力を見せてくれるとボクは期待している。ジャイアンツは選手の育成に重きを置いているようにボクには見える。ド派手なトレードやスター選手に大金を払って獲得するようなことは昔からあまりしないチームだ。大スターのボンズ選手が抜けてからなお一層このチームの結束に好感を持てる。今季以上に強いチームになるとボクは確信している。レイズのロンゴリア選手のように、ジャイアンツはポージー選手がチームの顔になることだろう。

そして気になるのが、松井選手の動向。来季、2月からはじまるキャンプまでに所属チームが決まればいいと思っているのだが…。

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by mlb5533 | 2012-12-13 01:51 | 第十章

楽しさ

11日、釜山は朝から雨模様だった。
でも10時過ぎから広安里は晴れきたから、社稷運動場に行ってみる。
アジアシリーズの決勝戦を見られるなんて、実に幸運だ。
A組1位のラミゴ(台湾)とB組1位の巨人の戦いだ。巨人はラミゴを6-3で下し、大会初制覇した。

ところで、これだけの試合をしていたにもかかわらず観客席はガラガラ状態。隣にいた日本人が「まるで高校野球の予選みたいですね」と寂しそうだった…。アジアシリーズはまだまだ未完成。いくら地元韓国の2チームが消えたとはいえ、この状態ではあまりにも寂しかった…。
日本でもそうだろうがアジアシリーズの位置づけが不明確なのだろう。大リーグのオーナーたちの主導によるWBCとなると、あれだけ大騒ぎをするのに…。今度のWBCでは大リーグに属する日本人選手たちの相次ぐキャンセルが報じられている。しかし、第1回、2回の時ほどメディアは否定的論評を加えない。かつて、様々な事情から辞退した選手がいたが、その選手に対してかなり否定的報道をしたことはすっかり忘れているのだろう。

世界大会とはなんだろう…と、考えざるを得ない。
日本のスポーツメディアは「勝つ」を前面に押し出す。しかし、世界各国の野球選手は個人的にもまた全体的にもWBCのとらえ方がずいぶんと違っている。たとえば今季ワールドシリーズを制覇したサンフランシスコジャイアンツのティム投手などは、アメリカ代表で出場しないかもしれない。母親の祖国であるフィリピン選手として参加しようと考えている。
もし、「勝つ」ことだけに価値を置くとしたらUSA代表で出場すべきだろう。しかし、ティムはそうしないかもしれない…。

ベースボールとは「勝つ」しか術のないものか…。もしそうだったとしたらボクはとっくに野球観戦から逃げ出していたろう。
「プレーボール!」
と、宣言しているからボクはベースボールに興味がわく。

韓国もなんとなくだが、日本人のこの「勝つ意識」と似ている気がする。ベースボールの楽しさを伝えるメディアが「楽しさ」そのものを伝えきっていないような、そんな気がする。これでは韓国の観客はスタジアムには来ないだろう。地元なのに…。

野茂投手がドジャースに渡ってから、日本メディアもこぞってMLBを学習している。その歴史、このチームのドラマ性、各選手の紹介など…。日本の野球解説者もまた、勉強せざるを得なかったろう。野茂投手以前、日本のプロ野球界はMLBを神格化しすぎていたようにも思う。大リーグ入りした当時の野茂投手に対して元プロ野球投手でベテラン解説者が、「5勝したらオンの字ですよ!」と、高をくくっていたではないか。野茂投手がMLBと日本野球界の架け橋になったことは事実だろう。これは、野茂投手の隠れた功績だとボクは思っている。
その甲斐あってか、以後、日本人の多くがMLBに振り向いた。その仕上げは、イチロー選手と松井選手の大リーグ移籍だろう。この選手の活躍ぶりがベースボールの「楽しさ」の面積をますます拡大してくれた。

ところで、松井選手がアストロズのDHとして検討されているという。ホントかな? とは思う。単なる関係筋のリップサービスなのだろうが、それでも松井選手の存在はMLBでも一目置かれているということだ。もちろん、この業績は松井選手本人の努力の賜。

来期からAL西地区に移動するアストロズ。このチームがすぐに「優勝」を狙っているチームとは誰も思っていない。これからのチームだ。そのチームにもし松井選手が入団したとしたら…。おもしろくなる。
さてさて、まだまだ松井選手の来期は不明だが、大リーグに残るだろうことは予想がつく。どんな残り方になるのか、じっくりと待つことにします。


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by mlb5533 | 2012-11-13 01:01 | 第十章

3つの「ジャイアンツ」

日本シリーズで東京読売ジャイアンツが日本ハムファイターズを4勝2敗で下して、3年ぶり22度目のシリーズ制覇を達成した。11月3日のことだった。
太平洋を越えた米国でも5日前(米国時間28日)にサンフランシスコ・ジャイアンツが2年ぶり7度目の世界一の輝いている。

米国のジャイアンツと日本のジャイアンツが今年、ともに栄冠を獲得した。
だからなんだ、と言うわけではないが「優勝」「制覇」「栄冠」の二文字からふと気になった。日本のジャイアンツは22度目、米国のジャイアンツは7度目…。なんだろう、この数字の違いは?

米国のジャイアンツは「サンフランシスコジャイアンツ」が正式チーム名で、1883年(明治16年)に創設した。130年目を迎えた伝統ある大リーグチームである。
1871年に米国では最初のプロ野球リーグ、「ナショナル・アソシエーション」が創設され、1882年(明治16年)、「アメリカン・アソシエーション」が創設し、翌年からリーグ優勝チーム同士の対戦が組まれている。

アメリカで誕生したプロ野球が太平洋を越えて「プレーボール!」したのは、実に古い。
1894年(明治27年)には当時の旧制高校の間ですでに試合をしていた記録がある。「米国ジャイアンツ」の誕生からわずか10年程度で日本に伝わってきたのだ。その頃、キャッチャーだったのが、正岡子規である。規模こそ比較にならないが、とにもかくにも日本の野球史は米国大リーグとほぼ歩調を合わせるかのように今日まで歩み続けている。日本での「野球」は120年の伝統あるスポーツと言っても、けっして過言ではあるまい。両国ともに、特徴として挙げられるのは選手たちが優等生だったことか…。

アメリカでは、ハーバード大、イェール大などの有名大学生が主な選手たちだったし、日本でも明治の頃は東京大学を初めとした早稲田大学などの大学生の楽しみだったため、今日ほどの大衆スポーツになるには時間が必要だったのではないかとボクは勝手に想像している…。

いずれにしても、MLBでジャイアンツ(当時ニューヨーク/現サンフランシスコ・ジャイアンツ)が誕生して、50年後に東京ジャイアンツが誕生している。
1934年(昭和9年)、読売新聞社の正力松太郎さんによって「大日本東京野球倶楽部」が創設され、「大日本東京野球倶楽部」が誕生した。実に仰々しく、長ったらしい名称ではないか。このチームが後の「巨人」である。米国のジャイアンツが設立して、およそ50年後に日本で「ジャイアンツ」が生まれた。

1936年には日本初のプロ野球リーグ日本職業野球連盟が設立された。

読売ジャイアンツは今日でもサンフランシスコジャイアンツと共通したデザインのユニフォームを採用している。
1935年に「大日本東京野球倶楽部」がアメリカに遠征した際、対戦チームのニューヨークジャイアンツ監督のフランク・オドールさんから、「ニックネームがあったほうが良い」と提案され、強豪チームだった「ジャイアンツ」の愛称を取り、「東京ジャイアンツ」と名乗った。そして帰国後、1936年に「東京巨人軍(とうきょうきょじんぐん)」と正式改称する。これが現在の「巨人」の始まりだ。現在、米国メディアの間では、「巨人」のことを、「Tokyo Giants」と記す記者たちが多いのは、この事実が由来している。

この「東京ジャイアンツ」だが、第1回米国遠征でのこと。1935年(昭和10年)1月14日から2月3日まで草薙球場で猛練習を重ね、肌寒い2月14日、横浜港から太平洋を渡って、第1次アメリカ遠征に出発する。
信じられないが、実際、大変に強かった。マイナーリーグクラスのチームを相手にしたとはいえ、128日間で109試合も強行して、対戦成績はなんと75勝33敗1分だった。勝率.694! 今季巨人軍はリーグ優勝したがその勝率.667おも上回っている。どんな試合ぶりだったのかは今となっては取材できないが、これは日米ベースボール史上、特筆ものだろう。どんな物語があったのだろう…と、想像するだけでもボクはワクワクしてくる。彼らは今で言う「民間外交官」としても価値ある仕事を成し遂げた人たちだろう、とも思う…。
スポーツを共有。しかも、米国の国技である「ベースボール」をここまで習得している国があることを彼らに伝えた実績は、政治外交でも、経済活動でもなし得ない民間同士の大きなつながりをつくったことだろうと思う。
…78年も昔のことだ。
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        〈 巨人軍・与那嶺要選手。1994年に野球殿堂入り 〉
アメリカ仕込みのスライディング、タックルなどの激しいプレースタイルは、日本プロ野球に新風を吹き込んだ。ドラッグバントなどの「新技術」は、与那嶺選手によってもたらされた。出身地であるハワイ州のホノルル国際空港内には、功績を称え、「巨人の選手時代」、「中日監督時代」のユニフォームなどが展示されている。

1982年(昭和57年)のこと。韓国で「ジャイアンツ」が誕生した。日本のジャイアンツの誕生からおよそ50年後、元祖ジャイアンツから100年後のことだった。
いまでは、米日韓、そして中国、台湾に、豪州でも「プレーボール!」の声が聞こえてくる。観客は彼らが創り出す「即興舞台」に一喜一憂しながら声援を送る。

まもなく、韓国釜山で「アジアシリーズ」が開幕だ。いつの日か、文字通りの「ワールドシリーズ」開催をボクは「夢」見てしまう。

いま、世界の各地で白球が大空高く舞い上がる…。
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「61本塁打」を記録したばかりのロジャー マリス選手と対面する巨人軍・長嶋選手。
1962年(昭和37年)1月、ニューヨークで。

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by mlb5533 | 2012-11-06 11:27 | 第十章

a0094890_18545113.jpgSWEEP!

今季、MLBワールドシリーズで、サンフランシスコジャイアンツがデトロイトタイガースを相手に4連勝して30球団の頂点に輝いた。
しかも、わずか2年前にワールドシリーズ制覇を果たしたばかり。
この強さはもはや、誰ひとり疑う余地のない「本物」になった。


2010年のこと。
開幕当時、誰がジャイアンツの優勝を予想しただろうか。ポージー選手の存在すら気にとめる記者はいなかったはず。それまで正捕手だったベンジー・モリーナ捕手は7月にテキサスに移籍、その後をポージーが受け継いだ。
ポージーはこの年、マイナーで開幕を迎えた。5月29日、一塁手としてメジャーに上がって、シーズン後半は4番で正捕手の座になって活躍。そして、56年ぶりのワールドシリーズ優勝の立役者になった。当時、23歳でしかなっかった。

ところが翌2011年、プレー中に大怪我をしてしまう。
5月26日のフロリダ戦だった。本塁クロスプレーの際に、左下腿の腓骨骨折と左足首靱帯断裂の大変な事態に見舞われた。一時は選手生命を危ぶまれるほどの大怪我だった。実は、このニュースをMLBサイトで知ったが、ボクは無性に腹が立ったことを覚えている。ビデオで事故の様子を見たが、「あのプレーはベースボールではない、アメフトではないか!」と。

このブログに書くことではなかったが、とにかくMLBらしくない忌まわしい危険プレー。小柄なポージー選手にあれだけの体当たりをするとは…。
ポージー選手は残りのシーズンを全休した。
ボクは「来季、出てこられるのか」と、気になって仕方がなかった…。

そして、今季が開幕。
ポージー選手は復活していた。あれだけの大怪我をしていたのに。なんと、オープン戦から出場しているではないか。
このニュースはボクにはありがたかった。
松井選手のレイズの他にも、気になるチームがあるのがおもしろい。
ただし、だ。開幕戦のジャイアンツはひどすぎた。アリゾナを相手に3連敗、しかもヒットは出ているのだが決め手がない。6点も先制したのに、あっさり逆転負けと、不安だらけのスタート。でも、NLの西地区はボクにとってはドジャースが大いに気がかりだった。むしろ、今季はドジャースがいただきだろうとさえ思っていた。いや、おそらく7月までは誰が見てもドジャースだったろう…。

10ゲームは開いていたと記憶しているがその上、8月のこと、不祥事が起きた。
ジャイアンツの主軸、ミルキー・カブレラ選手がドーピング検査で陽性反応。50試合の出場停止処分が下った。打率.350の首位打者がいなくなる。このニュースには唖然とした。ヤンキースでは松井選手の同僚。ボクには、彼が?と、まさか、のニュースだった。ジャイアンツ内部でも頭を抱えたに違いない。カブレラ選手は自分の首位打者である記録を辞退した。このことで、ポージー選手の首位打者が繰り上がった。

ポージー選手は25歳。MLB4年目の若い選手だが、おそらくジャイアンツのなかで、ヤンキースのジーター選手のような存在になるだろう。今年のオールスターでは、ファン投票でナ・リーグ最多となる762万票以上を集め、カムバック賞も受賞した。高校時代から交際を続けた女性と結婚、昨年双子が誕生しているが、その奥様を同乗しての凱旋パレードはまるでハリウッドカップルのように華やいで、微笑ましい。
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昨年の大怪我から彼のプレーに変化が出ている。
ワールドシリーズでも見せたが、ホームでのクロスプレーになるとき、ポージーはホームベースの前、ピッチャー側に飛び出して、内外野からの返球をキャッチする。三塁から走塁してくる選手は、ホージーのいるフェアゾーンを使えなくなるのでファールゾーンを走らざるを得ない。走者がホームに滑り込むとポージーはまるで柔道の受身のような格好になり、ボールを握っている左手をそのまま走者にタッチする。ホームを両脚で跨いで隠すのではなく、逆にホームベースをガラ空き状態に見せているが、ポージーがピッチャー側にいるため、走者は遠回りしてホームに滑り込む。このプレーなら、無意味なラフプレーを回避出来そうだ。
このプレーを「ポージーポジション」と名付けて、ひとり楽しんでいる。

ジャイアンツの若い選手はポージーだけではない。
マット・ケイン投手28歳がいる。今季6月13日、ヒューストンを相手に14奪三振の完全試合を達成した。捕手はもちろん、ポージーだった。サンフランシスコジャイアンツの生え抜き投手だ。
投手陣では、ケイン投手の優等生組のほかに、忘れてはいけないのがあの人気者、ティムがいる。とくに、現地の若い女性にはジーター並みの人気だ。
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ティム・リンスカム投手は28歳。米国人の父とフィリピン人の母を持つ。けっして大柄ではない。ロックスター並の風貌が特徴だ。全身を使って投げ込むフォームは、野茂投手のトルネード投法に匹敵するほど、独特だ。とにかく身体が柔らかいのだろう。変化球がものすごい。曲がる、落ちるの球道は高速すぎて打者はタイミングがとれない。今季は10勝して5シーズン連続して、ふた桁勝利。まだまだ先が楽しみ。

a0094890_199858.jpg若い女性のあこがれ役はティムに任せて、子どもたちの超人気者は「カンフーパンダ」こと、サンドバル選手、26歳だ。
とにかく「プレー」する選手。
そもそも、デビューは08年8月で「5番・捕手」だった。まあ、体格からして捕手だが、自分ではそう思っていないようだ。

2010年のことだ。
ワールドシリーズを56年ぶりにチームは制覇したが、サンドバル選手はこの大事なシーズン中、ひとり、蚊帳の外といった感じだった。実にふがいない成績で、本来の打撃はどこに行ってしまったのか…と。

ポストシーズンは6試合だけ出場した程度。打率は.176…。打撃力がどん底にまで落ちた。原因は誰の目から見てもわかっていた。わかっていないのは、当の本人だけ。
太りすぎ、だ。

そこで首脳陣はサンドバル選手を呼んで言い聞かせた。
「オフの間に減量ができなければマイナー落ち」と厳しく通告したという。デブのままでマイナー行きか、それともメジャーに生き残るか、の選択だ。そこで彼が真っ先に努力したのは、大好物のポテトチップスとコカコーラを我慢したことだった。その結果、17キロ以上の減量に成功する。その甲斐あって、11年シーズンはレギュラーで残り、打率.300、20本塁打を記録できた。ただ、お調子者で陽気な性格は相変わらずなので、チームが好調だとうれしくなってベンチでお菓子類を人一倍頬張ってしまう。コーチから「マイナーに行きたいのか?」と注意されていると聞く。そんな人気者が、大事なワールドシリーズで3打席連続ホームランの離れ業をやってのけ、MVPに輝いた。なんだか、こっちまで楽しくなってくる。とてもじゃないがヤンキースベンチではこんな話は転がっていない。
彼の体格から想像し難いが、実はとても器用な選手であることは間違いない。三塁手ではあるが、一塁手も捕手もする。ブルース・ボウチー監督もそんな器用さを買っている。

ブルース・ボウチー監督さん(57歳)だが、実父はアメリカ陸軍の下士官である。07年からジャイアンツの監督さんだ。6シーズンで2度ワールドシリーズ制覇を果たした。就任のシーズンはとにかく弱ッちく、最下位。翌年から、4位、3位、1位(10年ワールドシリーズ制覇の年)…とチーム力を向上。各コーチ陣と連帯して指揮する監督さんと聞く。あまりドタバタしない監督さんだ。

来季がおもしろい。
ドタバタしていたドジャースがチームの再建を目指して今季以上の巻き返しをしてくるに違いない。だが、この若きチーム・ジャイアンツはまだまだ成長するだろう。おそらく、もっともっと強いチームになるだろう。
日本からもジャイアンツ戦を観戦したがるファンも多くなるだろうと想像する。それほどこのチームは注目に値する選手が増えてきた。スター選手が増えれば、観客動員数も上がり、選手たちはその環境の中で試合を展開するからますます熱が上がって、すばらしいパフォーマンスを見せつけてくれるに違いない。

a0094890_19193973.jpgいつの日か、東京ジャイアンツとサンフランシスコジャイアンツの決戦カードを組んでもらえないかな、と夢見る。なにせ、両チームとも共通して「若い」。

そういえば10年前の本日11月1日のことだった。東京ジャイアンツの4番打者・松井秀喜選手(当時28歳)がFA宣言した。
「向こうでプレーしたいという気持ちが最後まで消えなかった」と、あのときコメントしている。

ボクに「夢」を持たせてくれる選手たち…。
それは、輝いて眩しいほどだ。

…NY152…
by mlb5533 | 2012-11-01 19:33 | 第十章

来季も「55」

米大リーグのワールドシリーズ第4戦は28日(日本時間29日)、デトロイトで行われ、ジャイアンツ(ナ・リーグ)が延長十回の末にタイガース(ア・リーグ)を4-3で下し、2年ぶり7度目の世界一に輝いた。
シリーズMVPには、第1戦で3本の本塁打を放ったジャイアンツのサンドバル選手が選ばれた。

ボクは今回、韓国のテレビ中継でワールドシリーズを観戦していた。リンスカム投手が中継ぎで登場したのは驚いた。
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確かに今季後半から調子が下がっていたようだが、監督さんの采配とはいえ、ずいぶん贅沢な中継ぎ役だなあ、と感心した。結果は2試合ともに、6回途中から登板して、8奪三振。全身を竹が風に誘われて靡くように、しなやかに全身を使って投げ込むあの高速変化球にはカブレラ選手もなかなか思うように打撃をさせてくれない。監督さんの采配に十分に応え、中継ぎ役に徹した今シリーズでのリンスカム投手の姿は、先発よりもボクにはむしろ感動さえ感じさせてくれた。とくに、第3戦のリンスカム投手は「成長した大人」を感じるほど、ドラマチックだった…。

第1戦で3打席連続ホームランしたサンドバル選手の4打席目はさすがに釘付けにされた。もしや…と。
それはそれで愉しめたが、4試合ともマスクを被ったポージー選手が大変に印象的だった。2年前、ジャイアンツが優勝したとき、「もっと強くなる球団だ」と予感がしたのは、この若いふたりの選手がいたからだった。予想通り、ふたりとも、そして他の選手たちもずいぶん成長したプレーを見せてくれた…。もちろん今季移籍組の、スクタロ選手たちの活躍もあったが。
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ポージー選手はこのシリーズの4戦目では、逆転の2ランホームランを打った。

野球は実に興味深い。
「プレーボール!」の宣言で試合が開始される。野球はたったひとりで「プレー」するゲームではない。よってたかって、チーム全員で「プレー」する点取りゲームだ。得点を挙げればベンチにいる選手も我が事として大騒ぎする。それが「プレーボール」だから。
特定の選手の「数字」を追いかけて観戦するのもいいだろうが、ボクにはそれが出来ない。
ジャイアンツの4番打者、ポージー選手の年俸は61.5万ドル程度。今回、中継ぎ役に徹したリンスカム投手はなんと1825万ドル! 年俸はそのまま選手の「格付け」の反映とも言えようが、数字では「プレーボール!」は出来まい。グランドでプレーがはじまれば、そんな個人の「格付け」は勝敗とはまったく無関係なる。ボクには選手の「格付け」は「数字」に現れるという言い方は正しいとは思うけれど、ボクにはそれが出来ないのだ。だって、大リーグに在籍する全員がボクには「超一流選手たち」にみえるからだ。

ヤンキースは「10月決戦」で、デトロイトに4連敗して今季を終わった。ジーター選手が骨折した第1試合で、悪い予感がした。個人的にはものすごい数字を残した選手たちの軍団だ。しかし、結果は4連敗。シスコのサンドバル選手は第4戦、雨の中でも打席に立って、「プレー」を続けている。デンと腰を据えてボールを見送る姿勢にブレがない。そして、笑顔で頷いたりする余裕さえあった。ヤンキースは今季のプレーオフ、サンドバル選手のような表情をしていた選手はいなかった…。深刻そうだった。

これがベースボールだと、ボクは思う。

来季。ジャイアンツの相手はドジャースだろう。ボクは今、アメリカ合衆国の東から西に目を移し始めています…。


背番号「55」は、リンスカム投手と松井選手の背番号です。
ボクはまた来季の「プレーボール!」を待っています…。
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by mlb5533 | 2012-10-30 02:43 | 第十章

静観

ある程度…というより、正直「これ」があるかも知れない…とは覚悟していましたからさほど動揺はありません。

ふり返る時間はまだ先でいいとボクは思います。まだシーズン途中。
静観することにします…。

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by mlb5533 | 2012-07-26 22:22 | 第十章

帰国してみたら…

日本に戻ってきたとたん、ずいぶん賑やかな話題です。
昨日はシアトルの友だちから早速メールが届いていました。「日本は大騒ぎでしょう」と。
イチロー選手のシーズン途中でのNYYへ移籍は暑い夏をさらに熱くしてくれたようです…。

しばらく韓国で生活が続いて、MLBをじっくり観戦する場所と時間がありません。ここ韓国・釜山でも野球ファンは大変に多くて、広域市水営区のフランチャイズである「ロッテ・ジャイアンツ」の試合が地元の食堂ではかかさず放映逸れています。ボクもいつの間にか、このチームを応援していました…。

東京に戻れば今度は年に一度の「音楽劇」を創ります。今年は10周年なので…。

このブログもずいぶんご無沙汰してしまいました。松井選手が気になります、やはり。
シアトルの友だちは「野茂のような終わり方はしないで…。引き際を間違えないで…」と、ずいぶんさみしい手紙でした。
確かに、数字上では…。ですが、松井選手がMLBで打席に立っているのですからボクは期待しています、そう「アレ」を、です。そんな期待を込めて観戦するのがファンとして当たり前の心境ではないかなあ、とボクは思っています。
野球は所詮、矛盾したゲームです。打つ者、に対して、打たせない者、との向き合いなのですから。
第一、勝負事である以上は勝ったり負けたりします。深刻になるとシンドイのでは…と。

そもそも、ベースボールに「記録」を書き始めたのは米国のスポーツ記者でした。彼が「記録」を記事に載せたことで購読量が増加しました。
矛盾した世界に「物差し」をあてがって、観戦する楽しみを発見した訳です。

松井選手が打つか…という期待は、その都度の打席で起きてきます。ただ、期待を持たせすぎるとストレスしてきます。それが、現在起こっていることでしょう。
事実、松井秀喜選手はいま、MLBで打席に立っている、ということです。だからボクは、そのたびに、「期待」を込めて打撃を見ています…。


…NY152…

※注 このブログは松井選手の応援を意図にしています。コメントは自由に参加していただいていますが、それ以外のものは削除しています。
by mlb5533 | 2012-07-26 01:47 | 第十章

韓国から大声援!

今日だけは何がなんでも勝ちたい試合だった…。
レイズが所属する東地区の5チームは、すべて勝率5割以上。毎日の勝敗結果で順位が入れ替わるほどの「ネコの目順位」だ。ヤンキースがこの時期に「珍しく」ダントツ首位を行くが、まだまだわからない。
レイズはここ10試合、負けが込んでいた…。3勝7敗。ボルチモアを抜ききれるか、と言うときに限って負けが込む。どうも調子が安定しない。

そんな折り、今日の試合では松井選手のバットから、そして守備でも「閃光」が走った。
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ボクは韓国釜山にいるが、久々に自由時間がとれたので、MLBtv録画を観戦。
松井選手は久々にスタメンだ。「7番・左翼」で5試合ぶりのスタメン出場だ。
昨日の試合で代打で登場したようだが、「打ち損じ」で飛球。
だが、今日は全く違っていた。

1回表、4番フィルダー選手のレフトフライをセンター寄りから回り込むように走って捕球。見た目には平凡な飛球だがよく見るとずいぶん難しいフライだった。MLB中継でも何度も松井選手を映し出していた。

5回ウラ。
先頭打者ゾブリスト選手が2塁打して出塁。2塁ゴロで3塁へ。
1死3塁の場面で打席に立った…。外よりの球をライト前へ運んだ。タイムリー!
その後、元ヤンキースの同僚・モリーナ選手の二塁打でホームイン! 同点だ。
打点と得点を稼いでくれた。


韓国釜山のカンアンリの浜辺にあるカフェから、日本海、さらに太平洋を越えてアメリカ東部まで届いたであろうドでかい声をあげて、
「ホラッ、きたぁ!」と、立派な日本語で歓声を送った…。
松井選手が打ったんだ!(マツイソンス チャル チョッソヨ!) そうお店で大騒ぎしたら、韓国のオナゴたちが、
「チョンマル!」(ホントに!)と、ともに歓んでくれた…。これがまた、うれしい…ハイ!

松井選手殿、韓国のオナゴどもも貴君を声援していることをお忘れなく!

この歓声、あ~あッ久々ですよ、ハイ。
韓国釜山のカンアンリ(広安里)の夏は今から本格的です。学生たちは、試験が済んで長い夏休みに入りました。

いよいよ、夏。松井選手の熱い戦いがスタートです。

さあ、明日、あした。


…NY152…
by mlb5533 | 2012-07-02 15:38 | 第十章