カテゴリ:第七章( 74 )

あけまして おめでとうございます。

久々に実家に戻り 元日の初詣は恒例の日光東照宮に。新年のご挨拶をして参りました。
絵馬に『松井選手の「夢」とともに』と、書き記して。
で、新年早々実家のPC(実はこのマシン、アパートの設定と同じにしています)をオン!
するとあまりにもかっこよく、また新年らしいすがすがしさが伝わってきた松井選手の写真がサンスポのサイトに載っておりました。
このままにしておくと、時期がくると消えてしまうのがもったいない、と思い、ここに載せさせていただきます。
もしかしたらこういうことをしてはいけないことなのかもしれませんが、ダメだったらすぐに削除します…。
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で、いいでしょう! 皆様。背景に、さりげなく赤い花があるのが このポートレートを引き立たせていますよね。いい! この写真!!

彼の手には、直筆で「全試合 フル出場!」と。移籍理由もまたこのことばで十分に伝わってきます。
7年間いたNYYでは、3年間は不完全燃焼だったとなにかのインタビューでコメントしていましたが、怪我に泣いたシーズンをあたたかな日射しのLAの空の下でカバーしてほしいものです。

気になるのは、NHK様です。スター選手揃いのNYY中継が中心だった放送が、LAAの試合になったら途端に激減するのでは…なんて、ボクは気になっていますが、その辺、NHK様。何卒 例年どおり 松井選手の活躍する試合の放送を続けて下さいませ。

そう言えば、あのMLBの史上に残る名勝負、いまや伝説になった「第6戦」。シアトルの友達にDVDにしておくってあげたら大変喜んでくれましたが、ただ「解説者の話にはタマげた」とか。そういわれてみると、アメリカのスポーツ中継でのアナと解説者の試合中の話題はまったく違うわ、ねぇ。
しかしまあ、ああいう放送の仕方が、日本的、なのです。諸外国のスポーツファンがそのまま見聞きしたら結構しんどい、でしょうが…ね。WBCの試合中継をそのまま聞いていたら、戦争でも起きたのか?って勘違いする外国人もいるかも、よ。
でもでも、これが日本流の解説、ってことでご容赦いただきたい…。
NHK様! 今年も頑張って下さいね。もちろん、松井選手の中継、頼みましたよ!!

松井選手のブログで、NHK様にエールをおくるのは、初めてです、ハイ。
(写真はサンスポサイトより/撮影・山村ユージン)

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by mlb5533 | 2010-01-02 13:35 | 第七章

どんなカレンダー?

本郷の坂下にあるこの事務所には毎日人が来ます。ご近所の商店街からは、お肉屋さんの店員さんとか花屋さんにお勤めの方、八百屋さんのご主人たち。大学教授とその学生や4,50代の主婦や二十歳以下の青年たち。遠く、東北とか伊勢方面、山陰や沖縄からも来てくれます…。
手みやげを持ってくる方が多く、休憩になるとみんなでその味を楽しんでいます。たい焼きに羊羹などの和菓子以外にも、お手製のケーキなども登場します。先日は京都の叔母様が川端康成先生がお好みだったお菓子を持参。日本茶を飲みながらあっという間になくなりました…。
休憩中はみんなの楽しい時間です。好き勝手な話題を投げ込んでは、大笑いしたり、真剣にアドバイスをしたり。猫が五日間も帰ってないから心配だとかすき焼きのネギを食べ過ぎて胃がもたれるだの、ニワトリに追いかけられた夢をみたとか…。井戸端会議みたいな騒々しさです…。
ところで、この井戸端会議、最近の話題はもっぱら松井選手のことです。

40代の主婦が「マツイってすごいですよねぇ。世界チャンピオンなんでしょ! Mなんとかって賞を取ったって」。大学の先生が「んーー、世界チャンピオンという言い方はちょっと違いますでしょ」
「ヤンキースをやめていいの? 世界一なんでしょ」「やめるっていう言い方も…まあ、移籍、ですね」
「うちの主人たら、仕事もほったらかしにしてNHKの中継に釘付けでしたね。マツイが最優秀選手賞を取ったとき、男泣きしてんのよ。娘が大学に合格したって、あっそうか、とか言ってくせにねぇ…男の人ってマツイファンがほんと多いのよね」「向かいのラーメン屋さんのご主人、巨人ファンでしょ。でもマツイのこととなるとよく知ってんのねぇ…」
マツイの顔と赤は似合う、似合わないとカラー談義が飛びだしたり、関節炎のご婦人は、あたたかい土地に行けてよかった…と体験談を語ったり。

で、問題が生じています。それは「カレンダー」なんです。
銀座の伊東屋で売っていた「松井選手のカレンダー」が07年同様に今季発売せず。そのうえ、NYYでは掲載されていないし、まして来季はそのチームでもない。だからといって移籍したのは最近。LAエンジェルスのカレンダーにも彼の姿はなし…。個人カレンダーも、チームカレンダーもない。
さあ、みんな頭を抱え込んだ、どうしようか…。
「04年からオレの職場と家にはマツイのカレンダーを飾ってあったからなあ、寂しいよ」
「うちのお父ちゃんもおんなじこと言ってますよ、どうしましょうかねぇ」
しかたがない、LAAカレンダーを発注してみましょうかねぇ。他に手がない…し、ねぇ。
学習院ご卒業の方は、「あたし?ジーターよ。来年も!」 
あっ、そう…でしたね、聞いた私が悪かった。

ところで皆様、来年どんなカレンダーをお飾りする予定ですか。

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by mlb5533 | 2009-12-23 15:11 | 第七章

気分転換!

気分を変えて。
あたたかいロスの気候と陽気な人たちをイメージして、デザインの変更です。

あんまり極端な変更ではなくて、少しだけいじってみました。また、少しいじるかもしれませんが、皆様も松井選手のユニフォームが見慣れてくるでしょうから、そのうちこのデザインもなれて欲しいです…。

よろしく!

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by mlb5533 | 2009-12-20 15:10 | 第七章

MLBの道を行く

一昨日の夜、いつものメンバーが板橋駅付近の定食屋さんに集結した。
姫路の出張から帰ってきたビトウ君もあんまり美味しくない手みやげを持参しての参加だ。
話題はもっぱら松井選手の移籍。さまざまな意見や感想、今後の予想展開など、話は尽きない。なので、定食屋さんでの話だけでは飽きたらず、駅前にあるファミレスへ移動した。

ボクが松井選手の移籍が決定した日に、早速したのは、新規アドレスを1本追加したことだ。
いままでのアドレスはそのままにして、エンジェルスの松井選手に由来出来るように…。しかし、もうこんなアドレスは使われているだろうと思いきや、一発で取得できたのは幸運だった。以前取得できたアドレスも今ふり返るとラッキーだった。他の人がとっくに使っていると思ったが…。
そんな話から松井選手の話が始まった…。

「やっぱ、松井選手には赤って色は似合ってねぇなぁ…」という福島県出身のネモネモが言えば、
「そっだらことねぇってば、さぁ。赤ってええべな。めでたい色だぁ、紺とか黒ってなんだか怖くねぇか? 紅白歌合戦っていうくらいなんだから…」と、意味不明なことを主張するのは、いまだに東北弁が若干、抜け切れていないヨタヨタ君。
「いやいや。松井選手と赤の釣り合いだろ」と、理論的に説明し始めたのはビトウ君。「どうも、なあ…。巨人軍時代から見慣れてきたせいもあるんだろうけど、松井選手と赤の組み合わせって…。んーー」
「真っ赤すぎない? あのチームカラーは。朱色の方が松井選手にはいいかもよ」とは、学習院ご卒業のナオミ様の弁。
「…そのうち、見慣れるさ」
「でもさッ。紺がよかったあたしは、ねッ」とネモネモは自己主張を変えない…。
「だったらばぁ、再来年、またヤンキースにもどればいいんじゃないのぉ」ヨタヨタ君のこの一言が、みんなの話をねじ曲げる結果になった。
「それって、アリなの? アリ?」
「まあ、アメリカの野球だからさッ、そっだらことはあるんでねぇのかなあ…」
ビトウ君が、
「いや。再来年と言わず、来年シーズンの途中でもありうるんじゃないの、そういうことを言い出せば」
「そんなぁ。試合してんのに途中でも選手が移動すんのぉ? アリ、それって?」
「MLBは平気でやってる。オレ、知ってる」「そうなんだ…すごすぎだわ、それって」
「もういいよ、ばかばかしい。次の話題に移れってば」

ホームランは?
「絶対に増えますよ」とは、学習院のナオミ様。断言しています。
「監督さんが素敵よね。4番に固定しますよ、とまで言ってくれているそうじゃない。ということは、先発出場が多いし、チャンスに回ってくるし…」
「打点王、でしょ。決して夢物語じゃないよ、それって」
「ありうるなッ。松井選手は個人記録にはさほど意識の高い選手ではないにしても、もしそうなったら…」
「あたしさぁ、この前のニュースだったけど、松井選手を移動させたNYYって観客が減るかもしれないって言ってた」
「かもなッ。でもそんなことはあんまり言うべきことじゃない。少なくても7年もいたんだから…」

心配は?
「ヤンキースを過剰に扱わないこと…かな」
日本ファンもそろそろヤンキース礼賛主義から卒業しましょうってこと。松井選手はとっくにそんなことから、卒業しているはずですから…。
「名門名門って言い過ぎだよね、日本のメディアは。そんなことはわかっていることなんだから、言い過ぎると他のチームに対して失礼になるってこと。他のチームはじゃあなんなんですか?ってことになるじゃん」
そういえば、シアトルの友だちもこんな心配をしていた。
「名門チームでプレーしたけれど、LAAは名門になろうとしている。その力になれば…と、言ったとか言わないとか。実際にそうコメントしたかどうかは知らないけど、もしそうだったとしたら7年間もMLBにいて、ちっともわかってないなあ~。それもヤンキースにいたんだから…、とアメリカに住む人にしてみれば、これは言ってほしくなかったなぁ~、ってことになるでしょうよ。確かに日本人の感覚からすれば十分すぎるくらい理解できるけど、彼はアメリカで生活しているんだから…。昔、シンジョウって選手が変なことを言って、いつまでもESPNあたりでごちゃごちゃ書かれていたじゃん。これからは、ヤンキースという巨大な力背景がなくなったひとりのMLB選手という立場なんだから、コメントするときはこれまで以上に配慮しないと。面倒臭いとおもわず、アメリカで生活する以上、周りの人たちからもっとサポートを得られるように気配りしてほしい…かなッ。それが一番の心配」
「なんでぇ。力になりたいって、いいじゃん!」
「だから…そこだってば。MLBは市民球団なんだって。ヤンキー以外はねッ。おらがチームって意識なのよ。MLBの選手は全員それが大前提であることを承知した上でプレーし続けているんさ。マリナーズの24番、ジュニアがレッズに行ってもシアトルでは、ジュニアをシアトルに戻そう、というボランティア市民団体まで出ていたほどなんだよ。こんなことって日本で想像できる? ジュニアはシアトル市民の王様なのさ。シアトル市民にしてみれば、おらが選手、ってことよ。ヤンキースというチームはMLBのなかでも特別だし、特殊チームなのさ。他のチームを応援する人たちは自分のチームが名門もへったくれも、そんなこと関係ない。そう思っているのよ。聞こえようによっては、ボストンのMBA卒なんだぞぉ~~みたいな自慢する人間みたいに、偉そうに聞こえちゃうでしょうに…」
だから、ここが心配の種…。

本当の意味で松井選手がアメリカMLBで成功するためには、日本人の心と同等に、アメリカ気質を真に理解してあげることなのだろうとボクは思う。これからは、ヤンキースの看板も後ろ盾もないのだから。たったひとりの選手、であり、またその立場は7年間でようやく全MLB選手と同等になれた。
野茂英雄投手がどれほどの苦労を重ね、そしてあそこまでアメリカ人の心を掴んでいたか。なぜ、アメリカテレビ局が追いかけて野茂英雄投手の1時間番組を特別編成してまで全米の家庭に放映したのか…。ラソーダ監督さんはいまだに野茂投手を「おれの息子」と呼んでいる。

これから松井選手が歩むMLBの道が、ほんとうのMLBの道だとボクは思う。
移籍にあたって、ソーシア監督は松井選手に、
「膝が治ったら守備が出来るように、162試合でるようにしてください」とまでいってくれたと聞く。
この言葉をいうことが、アメリカ気質であろう。相手の欲しい言葉を贈ってあげること。一番気にしているであろうことをディープリケートする。会話に潜むジェントルなソーシア監督の人間性が伝わってくる。
人気もあり、集客でき、コマーシャルにも登場しているけれど、ほんとうの真価は誰がなんと言おうとも松井選手の「打撃にあり!」と、ボクは確信している。人気と実力にはもう誰一人疑う余地はない最高の選手だ。あとは…。ロスの日本人だけではなくて、そこに住むアメリカのご家庭の人々のことや、毎年移動しなければならないMLB選手の人生とともに生きていてほしい…。1シーズンでも多く、松井選手の打撃を見守っていたいから…。

名実ともにMLB代表選手になるのは、実は来季からの松井秀喜選手の「打撃」にかかっています。いや、彼にはもう「打撃」しかなくなった、と言いたいのです。ここが全MLB選手と同列になったということなのです。ヤンキースという特殊性はもうないのです。

だからこそ、松井選手ファンの皆々様。これからはフンドシを締め直して、今まで以上の絶大なる声援を、ゴジこと松井秀喜選手のために、送り続けましょう。

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by mlb5533 | 2009-12-19 15:53 | 第七章

夢をそのままに…

松井選手の表情を見れば、それだけでボクはもう十分だった。
さわやかで、おだやかな移籍の記者発表。ソーシア監督まで同席してくれた。
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来季は出番が多くなる。
ソーシア監督は「マツイは4番で固定しますよ」とまで言っている。外野守備とDHの併用だろうが、いずれにしてもエンジェルス側での松井選手に対する期待感はそうとうに大きい。
ファンは松井選手の膝が気になる。だが、この併用策が成功したとしたら…。
松井選手の移籍を恩師である長嶋監督がこんなコメントを寄せている。
「7年間プレーしたヤンキースを離れることは大きな決断であり、寂しさもあると思います。しかし、考え抜いた末に選手として最良の選択をした結果でしょう。新天地での出発を心より祝福したい。ユニホームは変わっても、松井らしい豪快かつ、ひたむきなプレーを期待しています」
長嶋監督のコメントは、松井選手ファンの気持ちをそのまま代弁してくれていた。確かに、ボクは7シーズンも間、ヤンキース・松井選手を見続けた。ワールドシリーズでの大活躍は伝説になるほどの勇姿を見せてくれただけに、別のユニフォームを着る姿を見るのは多少の違和感はある。
しかし、彼はそれほど「外野守備」にこだわったというこだろう。来季オープン戦までには、松井選手は久々に外野守備の感覚を戻すために練習してくることだろう。
出場試合が多くなり、4番固定となればNYY時代よりも打点があがる。個人記録にはとんと眼中にない松井選手だが、ファンとしては「大リーグ日本人選手初の打点王」の夢も見たくなる…。かつて、巨人軍・長嶋茂雄選手の記憶の打撃、が松井選手によって大リーグで見られるかもしれない。


そんな日を夢見て…。
ボクは新しい松井秀喜選手に、また声援を続けていきます。

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by mlb5533 | 2009-12-17 12:14 | 第七章

それは確かに、ニュースだった。
本日、日本時間で午前中に「松井秀、エンゼルスと合意!1年650万ドル(5億8000万円) 」が報じられた。

朝、PCサイトでこのニュースはすでに知った。早起きしたのは今日、京都の歯医者をしている古くからの友人に治療してもらいに行くためだ。新幹線のホームでスポーツ紙でも買って、のんびりとその記事を読めると思っていたが、まだ締め切りに間に合った新聞はなかった。手持ち無沙汰だったが、帰りは京都駅でそのニュースの追いかけ記事を楽しもうと多数のスポーツ紙を買い込む。さっそく開いたが、どの新聞社もなんと原稿はPCサイトと何ら変わらない…。

一昨日の午後だ。
アメリカの友だちから「レント」の楽譜がどっさり送られてきた。ピアノ曲、3部と4部合唱曲まで詰め込んでくれた。来年この曲を使って音楽劇を創るつもりだがボク自身、「レント(RENT)」は残念ながらさほど好きな劇ではない。それはボクが日本人の文化で育っているせいだと思う。あの劇はボクには特殊すぎるし、そもそも「ボエーム」も実感が湧かない。ただ、音楽だけはことのほか素晴らしい。気に入っている曲が多い。
もちろん「ボエーム」のアリアもである。

「レント」というタイトルだけは気に入っている。
もともとボクたちは、この地球上にいるけれど、それは「レント」なのかも知れない…と、思わせるところが気に入っている。決して自分がお金で買い込んだ「私用物」ではなく、その場所は変わらないけれどそこで生活している人たちは入れ替わり立ち替わり、変わっていく…。「Seasons of Love」のシャープで、誰にでもわかるテーマ。決してハイテンポにならず、インテンポのまま歌われるこの歌声。幾重にも歌声がかぶさって音が厚みを増していく…。ハーモニーの教科書とは、まさにこの歌声でしょう。
そして、彼らは外に出て、また新たな旅を始めていく…。
同じ地上の中で…。

ボクはスポーツのことはよくわからない。でも、多少のことは覚えた。たとえばサッカーチームの「鹿島アントラーズ」。もし、スーパースター・ジーコが監督をしなかったとしたら…と、思うことがある。あれほどの熱気があっただろうか。しかし、ジーコ監督が去ってもアントラーズは3連勝している。
ジーコ監督はアントラーズを「レント」していた。

松井秀喜選手はヤンキースを7年間「レント」していたのである。ボクはそう思うことにした。
そしたらなんだか楽しくなってきた。
松井選手が行くチームは、なんとまあロスだとのこと。ちと、ボクは困った。というのは、ロスって街はでかすぎてさほど思い出も少ない。親近感もない。ボクがアメリカ本土に初めて足を踏んだのは、忘れもしないロスだ。女優・雅子さんの兄貴がボクを迎えにきていて、「なにが食べたいですか?」がアメリカでのはじめの質問だった。だから「アメリカかぁ、よし、ハンバーガー食わせろ」と言って、彼がボクを連れて行ったのはサンセット近くにある掘っ立て小屋のハンバーガー屋さんだった。ここのチリバーガーは美味しかった…。滅多にロスには行かないがそれでもこのバーガーが恋しくなる。いまでもあるのだろうか…。

NYに住んでいた人がLAに行けば、それはそれは田舎と感じることだろう。
でも、NYはある意味でアメリカではない。特殊な街だ。アメリカ人独特の人情味は地方都市の方が素晴らしい。これはボクの生活体験からだが。ニューオリンズ、クリーブランド、シアトル、そして南カリフォルニア地区…。みんな特徴のある人たちとそのご家族に出逢えた。

ベースボールチームはアメリカの場合、日本と違って特定企業が宣伝経営している訳ではない。地元民最優先である。彼らは地元チームは「おらがチーム」という意識なのである。しかし、ヤンキースだけは違っている。全国区、いや世界規模の市場を保っている。特殊なチームカラーだ。日本人の平均的知識人ならヤンキースはどの都市のチームか程度は知っているだろう。
それ以外の29球団は、地元民とスクラムを組んでプレーする。「アナハイム・エンジェルス」とて。そう言えば、ナッツベリーファームがあるなあ、ここには。ここはロスのディズニーランドよりも、ボクは好きだったわ。西部劇に登場するカーニバルみたいで…。過激なアトラクションが多かったようだけど…。LAは日本に近いこともあって、NYに比べて日本人が多かったことも覚えている。ナッツベリーファームは少なかったけど。
つい先日のこと。友人がこんなことを言った。
「シアトルってシカゴの中のどの辺なの?」とか、「30チームって多くない?!アメリカにそんなにたくさん都市があるって、ウッソ~~!!」
…あのね、ロサンゼルスのことをロスっていうのよ、ね。カリフォルニア州は日本国の面積の110%なのよ、ね。その州の中にロス市があるけど、ロス市の面積は岩手県くらいあんのよ、ね…。
「広くない?! それって」 ええ、広いですよ。それがアメリカ合衆国なのよ、ね。いろんな人がいるのは当然でしょ!

とにかく、紺から赤に松井選手のユニフォームは変わる。
あたたかな土地なので、開幕から飛ばしていけるかも知れない。LAAの戦力分析はまだまだ早いが、大砲がいないことは確か。守備もつくようなので出場試合数は今季よりもぐっと伸びる。ということは、いまのままなら松井選手への地元民の期待は大変だろう。大変だろうが、それに応えたら、えらいさわぎになりますよ、これは…。
…こんな事を書いてしまうと、なんだか、開幕が待ち遠しくなってきました。

松井秀喜選手の新しい旅の始まり、です。ある意味で、本当のアメリカチックになる松井選手の姿が想像出来ますぞ。
皆さま、松井秀喜選手の旅立ちに熱い拍手を送ってあげてくださいませ。

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by mlb5533 | 2009-12-16 01:53 | 第七章

大リーグには、物語がたくさん秘められている…。時が経てば、物語にはさらに膨らんで、夢物語になっていく。どんな世界でも、そうだ。史劇などはまさにこれだろう。

2009年は結局、ヤンキース・松井秀喜選手の物語が語り告げられていくことだろう。
手首を骨折して、さらには両膝を痛めて再起が危ぶまれDH専門の打者として復活したこの年。ヤンキースタジアムは新しい球場に生まれ変わってスタートした今シーズンだった。そんななかで松井選手はシーズン中でもサラナラを含めて記憶に残る打撃を続けた。そして、ワールドシリーズでは6打点の記録に残る活躍で、ヤンキースを9年ぶりの栄冠を勝ち取る原動力だった。語り継がれることだろう…。

2004年のシーズンもまた、大リーグファンには記憶に残るシーズンだった。なにせ、ヤンキースは3連勝したのにレッドソックスの4連勝で屈辱的敗北。レッドソックスはその勢いのままワールドシリーズを制覇。バンビーノの呪いから1918年以来の優勝を遂げたシーズンだった。
また、シアトルマリナーズのイチロー選手が258安打を打ってジョージ・シスラー選手の記録を超えたのもこの年の10月2日だった。エドガー・マルチネス選手の引退試合でもあった。マリナーズは04年は最下位。99敗でシーズンを終えた。イチロー選手は262安打でこのシーズンを終わっている。
10月2日の試合相手はテキサスレンジャースだった。
ショートにはあの安打製造マイケル・ヤング選手が3番を打ち、1塁ベースにはテシェイラ選手は4番を打っていた。
あの試合で、先制2ランホームランを打ち込んだのはテシェイラ選手だった。いま思い返すと、おもしろい。やがてあの試合から月日が流れて、4年後の2009年テシェイラ選手はヤンキースに移籍することになるとは、あの頃予想するのは「夢物語」だったろう。当時23歳であり、デビューしてまだ2シーズン目だった。アトランタ、エンジェルスに移籍して落ち着かなかったテシェイラ選手は2009年、ヤンキースが将来の大砲として白羽の矢を立て今季大活躍してくれた…。

マリナーズの設立は1977年(昭和52年)で新しい球団である。
永久欠番もない歴史の浅いチームである。しかし、背番号「11番」マリナーズ一筋のマルチネス選手、そして帰って来た「24番」シアトルの王様・ケン・グリフィージュニア…などは永久欠番に指定されることだろう。もちろん、鈴木一朗選手「51番」も、である。

ジュニアが来季、マリナーズと選手として契約した。
シアトルの新聞のみならず、この朗報は日本のメディアも伝えている。ジュニアは今シーズン終了と同時に、膝の内視鏡の手術をしたというニュースがあったから、ボクは「ジュニア、来季もやる気だな」という予感がしていた。これでまた、彼独特のあの華麗に伸びるスイングが見られるのが楽しい。膝の故障さえなければ、手首の骨折さえなければハンク・アーロン選手の本塁打記録をとっくに塗り替えていただろうに…。
ボクは昔からジュニアと松井選手がダブる。ともにチームプレーヤーである点。ジュニアはみんなもよく知っているように、アットホームが信条。まさに、アメリカ的生活をしている。松井選手は地元では記念館を建てて子供たちに夢物語を提供しているし、里親になって支援を続けているように奉仕活動を積極的にする人物。どこか、武士道的礼儀正しさを身につけている。ともに、ナショナリティーを失っていない、とボクには見える。それがたまらなく、いい、のだ。あげく、両者ともにおんなじ箇所を怪我している…。

そして、両者ともに国家を代表するホームランバッターであることだ。
まだ健在のうちにこの両者がホームラン競争に出場させたいものだと夢を見ることがある。
今年、あれだけ記憶に残るホームランをWSで見せた松井選手だ。そんな夢を見せたのはボクひとりだけではないだろうに…。

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by mlb5533 | 2009-11-17 01:19 | 第七章

NYから届いた

せっかく届いた写真です。ご紹介しておきましょう。
NYからSeattleを経由して、ここ板橋のアパートへ!

松井選手の「ナマ写真」です。
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うれしいねぇ…。
南端のバッテリーパークは、映画のロケではだいぶ使われています。でも、ボクはこの付近には行くことがなかった少なかったですね。むしろ、北端の方がおもしろかったから。大学もあったし、特別なジャズクラブも北だったし…。
マンハッタン北端の「C」の字はまだ健在かな? あの辺はマンハッタンって感じが消えて、ちょっとしたピクニック気分でしたが…。メトロポリタン美術館 の別館クロイスターもある。ここはほとんど誰も来ないのが不思議だったけど。報道写真とは違って、友だちの視線で写した写真が届くと懐かしさが募ります。

アッパーウエストばかり行きたがったのも、NYをもっと知りたくなったから。そんなきっかけを創ってくれたのは、ヤンキースを語ってくれた友だちだった。あの頃、たくさん歩き回ったものです…。
そろそろNYは冬が来る。今年の冬は、熱くなるかも、ね。

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by mlb5533 | 2009-11-10 01:46 | 第七章

「夢の羅針盤」

第八章「夢の羅針盤」

旅に出ようと思う。
旅と言っても実際どこかに観光旅行に行く計画ではない。しばらくの間、松井秀喜選手を自由にしてあげようと感じたから。この7年間、ボクは彼を縛り付けていたように思う。
ああなって欲しい、ここはこうすべきだ、もっとこうして欲しい…だのと、要求ばかりしてきたように思う。
要求、期待という言葉は、うまくいかない。もっともボクのようなファンはこの言葉ばかり松井選手に浴びせていたようだ。もう少し、ボクも彼のような大人にならなくてはいけない時が来た。
開放してあげる時が来た…。

彼のMVP獲得の式典の様子を見て、こみ上げるものがあった。要求を叶えてくれたサンタクロースではなくて、とても大きなひとりの人間・松井秀喜を見させられた。その姿は眩しいほどだった。さんざんこの7年間、彼に声援を送り続けた、といっても、ボクの声援とは実際には、期待と要求だけだったのかも知れない。
気がついたのだ、ボクは。MVP式典での松井選手の笑顔から、自分があまりにも幼いことに…。

今季開幕からしばら打撃は不振が続き、そんな中、不要論まで飛び出してボクに冷水を浴びせた。そんな冷たさが消えないまま松井選手は「10月決戦」に進出した。その舞台で彼は歴史的活躍をし続けて、存在感を示してくれた。だがそれでも、高齢化するヤンキースチームにあって、球団は若返りを模索しているという。松井選手のみならず、チームの若返り策に名前の挙がっている選手は多い。
じれったいやら、イライラやら。複雑な気持ちが続いた。あるいは、そんな球団に対して批判したい気持ちを抑えられない。このままではボクは、球団の決定をじっと待っているしかない。球団の決定に振り回されてしまう…。

だから、もう、よそう。そんな気持ちは。
なるようにしか、ならないのだから。

松井選手自身が自分の来季、どのチームで戦うのかを決めることは出来ない。
そこに至るまではそれこそ、年明けになるかも知れないのだ。松井選手の去就に関して、彼に任せようではないか…。自由にしてあげようではないか。そして、ボクもしばらく松井選手のニュースばかり追いかけて、一喜一憂するのにもいささか疲れた…。

だから、旅に出よう。

ボクが旅に出るように、松井選手も将来の自分像を求めてきっとしばらくの間は、旅に出ることになるだろうから。
彼は我が「夢」の方向性を見失うことなく、夢の道標である「目標」をまたひとつ通過した。その「目標」の通過自体、尋常ではなかった。矢面に立っての闘いぶりであり、最終的にMVPに選出された。ここまで成し遂げた人物は、日本人として「初」だった。だから世間は最大級の話題としてとりあげた。

ベースボールというたかが子供でも出来る球技を、松井選手はたったひとりで、その全身を駆使して体現した姿には、一種「美学」の輝きさえ感じる。彼が体現したものは、勝負事だけで解決のつかない情感と、人間的な躍動であり、人々とともに生きている実感をボクたちに示したことになる。まるで「芸術作品」ではないか。ボクから見ると、松井秀喜とは芸術家的素質を持っている人物だ。スポーツマンではあるけれど、創作言語も通じる人物に見えるのだ。

アラビアのロレンス…だったと思うが。こんなことを書き残している。
「男が夜見る夢なんざぁ取るに足りねぇさ。最も危険な夢は、男が昼間目を開けて見る夢だ。なぜなら、それを現実にしようとするから…」
だった…かな、うる覚えだけど…。

「夢」とは、人間が抱く普遍的しあわせ、である。幸せに人生を送っていきたい。万人共通のことばだ。
しあわせ、をしっかりと見据えてその羅針盤が示す方向を変えない人生を歩めるコツは、ひとつしか存在しない。それは「自由」でいることだ。人生は選択できる、というアイデアの土台には「自由」がなければできやしない。自由を欲しがっても、一部の人々にはそうさせなかった歴史を持っているのがアメリカ社会だ。黒人初の大統領が誕生して丸一年後のアメリカで、日本を代表する4番打者・松井秀喜選手が、アメリカの国技であるベースボールで、日本人初のMVPを獲得した。アメリカ文化の頂点に立ったとも言える。頂点に立った人に野球の神様が贈った物は「限りなく広がる自由」に違いない。
彼がいま握っているのは、「夢の羅針盤」だ。

松井選手はそのコンパスが指し示す方向にこれから「旅」に出ようとしている。どのような「旅」になるのか、見定めよう。さあ、ボクも、松井選手にあやかって自由の旅に出ることにしよう…。

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by mlb5533 | 2009-11-09 02:20 | 第七章

選択

あの瞬間はまさしく、歴史的な社会事件と言えるだろ…。
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松井秀喜選手が今季米国大リーグワールドシリーズ第6戦で6打点を記録して、大活躍。MVP(最優秀選手)に選ばれたことだ。歴史的な社会事件としての扱いは日本国内だけではなかった。米国内のメディアも松井選手の活躍に拍手を送っていた。
ヤンキース・松井選手の活躍はご本人が感じておられる以上にボクたちベースボールファンの心を掴んで離さない。2,3、4打席と松井選手が打席向かうたびにボクたちの「夢」は益々膨らんで、その「夢」に応えてくれたかのように、ホームラン、単打、2塁打を連発。そのたびに得点に絡むタイムリーヒット。
ゴジラのバットが火を噴いた。

NYY 7-3 PHI

NYYの7得点のうち、6得点は松井選手のバットによるもの。第6戦でヤンキースは昨年ワールドシリーズ制覇のフィリーズの連覇を阻止して、9年ぶりの「栄光」を呼び戻した。

ヤンキースタジアムに戻ってきての第6戦。
マルチネス投手から松井選手の打ち込んだホームラン、センター前ヒットの記憶は消え去ることはないだろう。心あたたまる、上質のヒューマンドラマの舞台を見せてもらったような、そんな感激がボクの心に染み渡っていく。とくにMVPトロフィーを高々と頭上に挙げて観客に感謝を伝えた松井選手のあの笑顔には、ボクだけではあるまい、日本全国の人々の心と、地元ニューヨーク市民たちの心までもあたたかなものにしてくれたに違いない。9年間、この日を待つづけたのはヤンキースの各選手たちばかりでない。ベースボールファンたち、そのなかでもニューヨークで生活している人々には特別な日になったことだろう。

自分の記録よりも、チームの勝利を最優先する松井選手の野球観は太平洋を超えた米国でも最高峰のチーム・ヤンキースファンたちにも受け入れられた。そのことにも、ボクは感動がとまらないのである。
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さて、「最良の日」から数日が経った。
松井選手は心境をこうコメントしている。
「ヤンキースに対する気持ちは変わりません。確かに今年はやり遂げたけど、この球団にとっては世界一だけが唯一の目標なわけです。今は最高の瞬間だけど、時間がたつにつれて“来年もここにくるためにどうするか”を考え始める。そういう球団です。ボクが来年、そこにいるかは分かりませんけど…」
と、来季の去就については白紙状態であるという。
ニューヨークに思い出を残しているボクにしてみれば、身近なNYYと再契約して欲しい。
しかし、
「ヤンキースは素晴らしい球団だし、同僚もファンも好き。そのヤンキースに必要とされるのは幸せなことかもしれない。でも、自分が残りたいと言っても、球団に契約しないといわれたら終わりなわけですから…。あくまで今のボクは受け身なわけです。球団から何かアクションがあるまで、ボクからは何もない」
球団の意向と現場の各選手たち。このふたつの狭間に置かれているのが、ボクたちチームファンだ。
ボストンから移籍したデーモン選手は早々と来季は契約しないことが告げられている。代理人はすでに他球団の情報を収集していると聞く。

ところで、日本人ファンの共通した野球観は、「生涯一チーム」を「善」とする意識が高いのではなかろうか。それは、長嶋選手と王選手の時代に確立したものではなく、「就職先」を転々と変えないことを社会道徳のようにしてきた日本社会の国民性ではないだろうか…。経営者と雇用者との関係は、「家族」であり「一家」「藩」的な社会思想が土台にあった。それが高度成長経済の推進力ともなっている。「一家制」で大成功した経済活動が日本経済の底辺に存在していた。そんな人生観の持ち主が野球を観戦した時代には、自分の贔屓チームを転々と変えなかった。「ニワカファン」は少なかったのである。
力尽きるまでひとつのチームで活躍した選手に万雷の拍手を送ったものである…。しかし、いまはそんな社会ではなくなった。自分を守るために就職先を変えることはむしろ、「善」にすらなっている。ひとつことを全うする姿を、「ダサイ」と言われる時代である。
高度成長経済が終焉を迎えた頃、プロ野球界にもFAが導入された。自分の好きなチームに、自分を高く評価してくれるチームに移籍できる。ひとつのチームに最後までいる必要はない。

FA。今となってはチームカラーを追い求めた旧来のファンにとって、やっかいであり複雑な気持ちにさせてしまう制度になったものである。一方では、考えてみれば松井選手はFAなくして太平洋を渡ることは出来なかったことも、また事実である。
そんな気持ちが自分で整理できないファンは、ボクのような恥をかくことになる。チームと個人の選手、それと球団経営。きちんと区別しておかなくてはならない。
シアトルにはイチロー選手以前から、「ジュニア」という超スーパースターがいる。「背番号24」である。
彼がレッズに移籍した時、シアトルファンのなかには本当に涙して彼との別れを惜しんだ。そして、数年後シアトルには「ジュニアをマリナーズに帰そう」という主旨のボランティア団体まで誕生している。今年ジュニアはシアトルに帰って来た。DH4番打者として。確実に「背番号24」は、シアトルマリナーズの永久欠番になる。
怪我さえなければ、現役最高の堂々たる本塁打王だろう。ジュニアはシアトルでは、キング、なのだ。
シアトルのようなチームとは色合いが違うのが、ヤンキースだ。なにがなんでも毎年ワールドシリーズの舞台にいなければならないチームなのだから。その経営方針は時としてファンの気持ちとは裏腹な決断をする。ティノもそうだったし…、いちいち選手の名前を書いていたら切りがない。そういうチームであることを忘れてはいけないのだ。

03年、松井秀喜選手はその球団の思惑に合致した選手だから入団したのである。本人も「ヤンキースで世界一になること」を目標に掲げていた。お互いに相思相愛だったから移籍できた。ようやくその目標が達成されたいま、松井選手はこう言う。
「自分にとって何がいいか、自分にとってどういうチームがいいのか。もう1回、気持ちを白紙に戻して考えた方がいいかな、と思っている」と。

ボクはそれでいいと思うようになれた。
大リーグを長期間にわたって観戦したいのなら日本の観戦の仕方とは違うぞ、という「但し書き」を忘れてはファンは痛い目を見る。

松井選手がどんな来季を迎えるのか、どんなチームにいるのか、どんな選択をしようともボクは松井選手を支持する。たとえ、それがヤンキースでなくても、である。そう思ってくると、むしろFAになったら当然長期戦になることだろうから、それもまたおもしろい、と思えてきた…。
そんな日のこと、松井選手が10年間所属していたチーム・巨人軍が日本シリーズで日本ハムを4勝2敗と下して、七年ぶりに日本一に輝いていた…。

これにて、
松井秀喜選手「夢」物語第七章
の結び原稿とさせていただきます。コメントをいただいた多く皆さま。太平洋を越えた外つ国からもコメントしていただいた皆さま。うれしかった、です。ときどき、コメントを読んで涙が滲んじゃった日もありましたし、激励をいただいたこともあります。
ありがとうございます…。

なお、性懲りもなく近々、松井秀喜選手の「夢」物語第八章
を、書き始めます。また、皆さまからのあたたかいコメントを期待しております。
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(写真はMLBサイトより)

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by mlb5533 | 2009-11-08 04:19 | 第七章