「夢」ひとつ

大リーグ、ヤンキースの松井秀喜選手がWBC参加を断念した。
それでいいと思ったのは、ボクひとりではないだろう。むしろ、
「WBC参加はお断りすべき」
と、思った野球ファンの方が多かったのではなかろうか…

ここに、おもしろい記事があった。サンスポの記事だ。
ボクたち野球ファンの気持ちを代弁してくれた記事として、いい記念原稿でもある。
全文を載せておこう…


松井秀がWBCへの参加要請を断った。最初から結論があったわけではない。出るべきか、否かと今シーズン後半からずっと頭を悩ませてきた。野球における世界一の価値観を問われ、熟慮し、その答えが辞退という行動に表れた。その大きな理由は、松井の目には最後まで、WBCが真の世界一を争う大会には映らなかったためだ。
 真剣勝負をうたいながらも耳に入ってくるのは“球数制限”など本来はありえない特別ルールの存在。しかも世界一を争う大会に、メジャー随一のスター集団・ヤンキースの主力で、出場に合意したのはデレク・ジーター内野手(31)らわずかに2人だけ。大会直前に辞退するという噂も根強く残っている。サッカーのW杯にレアル・マドリードやチェルシーの選手が出場しなかったら、大会の価値は半減するだろう。
 言葉にしてはいないが、松井の中でのWBCは日米野球のような商業的イベントに等しいのではないか。もし仮に日米野球が3月に開催されたら、果たしてどれだけの選手が参加するだろうか。WBCが真剣勝負よりも商業主義が強い“イベント”と変わりないと感じながらも、主役に祭り上げられて利用されるのは本意ではなかったのだろう。
 イチローや大塚など他のメジャーリーガーが参加を決めたことで「野球人気の復興のためにも松井は出るべきだった」など批判が起こることも予想される。しかし“イベント”で勝つよりも“ガチンコ”で松井が世界一になる方が、日本野球を盛り上げる近道だと私は考える。


この記事を読んだ松井選手ファンのみならず野球を愛する多くの人たちは、賛同の拍手を送ったに違いない。
「夢」はひとつ…。
ワールドチャンピオンリング…ただひとつ、で、いい。それを指にはめて、来シーズン日本に「帰省」する松井選手の笑顔をボクたちは「夢」見ているのだから。

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デーモン選手とて、同じだろう。
ここは日本。一国民族の国家。しかし、アメリカはその歴史が語っている通り、他民族の集合国家である。「自由」を夢見た人たちの、多種民族の国だ。
大リーグは、そう言う人々によって支えられているのが現実である。
プエルトリコにドミニカ共和国、キューバ人などアメリカでもマイノリティーの民族が支えているのだ。

彼らの祖国愛と家族愛、民族的経済環境と異国の生活落差、個人の人生…彼らはその中でベースボールを「仕事」にしている。当然、「USA出身」の選手たちとは、人生の考え方の「根幹」が違っている。今年のドジャースは8カ国の選手がチームを組んでいた。ベンチ内での会話は、英語とは限らないのだ。

彼らは子供の頃自分の祖国で「夢」を見た…
そして、大西洋を渡り、太平洋を越えて、その「夢」を現実にするために米国に発ったのだ。
その戦いがあの、米国大リーグのドラマ、なのである。

「夢」はひとつ…。
ワールドチャンピオンリング…ただひとつ、で、いい。

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by mlb5533 | 2005-12-31 14:17 | 第一章

変身! デーモン選手

長髪切りヤ軍入団会見
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…12月23日は、「夢の物語」には最高の記念日になった。一足早い、クリスマスプレゼントがニューヨークから届きました。

そう、デーモンのヤンキース入団の報道を、各スポーツ紙が一斉に書き立てていたのです。

以下は、その記事。

米大リーグ、レッドソックスからヤンキースへのフリーエージェント(FA)移籍が決まったジョニー・デーモン外野手が23日、当地のヤンキースタジアムで、トレードマークの長髪を切り、ひげをそり落とした顔で入団発表に臨んだ。
デーモンは「どう? 違う? 良くなった?」と切り出し、「ただ伝統を尊重したかった」と、ヤンキースの規律を抵抗なく受け入れたことを強調した。
ワイルドなレッドソックスに、規則ずくめのヤンキースというのが、ファンの見方。その一方の象徴だったデーモンが、対極に位置すると思われるチームを選んだ。
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愛称は「原始人」。04年から伸ばし続ける長髪と口ひげがトレードマークだ。個性派ぞろいのレッドソックス集団の中でも異彩を放っていた。子供たちからも人気者でもあるデーモン。
ただし、風紀にうるさいヤ軍は長髪、ひげとも禁止事項になる。火種になるかと思いきや、チャリティ支援のため公開ひげそりに臨んだ心優しき一面も。ただ長髪は気に入っており2年近くも伸ばし放題だという。
「新しいスタートに興奮している」
と話すデーモン。伝統のピンストライプでイメージチェンジすることになった。
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迎えるヤンキースのキャッシュマン・ゼネラルマネジャーは「レッドソックスと比べるとウォール街みたいに見えるかもしれないけど、うちも結構個性派ぞろいだよ」と話した。
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しかし、それにしてもデーモンの入団発表はヤンキースらしく迅速だった。
髭と長髪といえば、ジョンビも同様でした。バーニーのバトンは、デーモンが受け取ったのはいいけれど、後は投手の補強が気になるところだ。

松井選手の夢は、ボクたちの夢。2006年の開幕が待ち遠しい…

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(写真はYahoo!sportsサイトから)
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by mlb5533 | 2005-12-25 02:35 | 第一章

まさか!ってことが、ほんとに起きるのが大リーグのチーム補強の再編成。
大塚投手をパドレスが手放した…程度の話題は、ヒヤリともしなかったし、ダイヤモンドバックスのハビエル・バスケス投手(29)と、ホワイトソックスのオルランド・ヘルナンデス(36)、ルイス・ビスカイーノ(31)両投手らの1対3のトレードが20日、正式に決まり両球団から発表されても、「ありうる」と納得。

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しかし、ですよ。
今回のデーモン選手の移籍には、ビックリです!
86年ぶりにレッドソックスを世界一に導いた1番打者を放出するとは! まず、日本の野球常識では考えられません。しかも、移籍先がボストンの宿敵ヤンキース。もう、これ以上の「まさか!」はありませんよ。こういうことが起きるのが、大リーグなのです。
移籍するデーモン選手は、インタビューで、
「ファンに別れを告げるのはつらいが、今は自分が前へ進むときだ」
と、言ってますから…スゴイ!

4年の契約内容は、我が松井選手と同じ条件。
来期のヤンキースは、センターデーモンで固定しました。と言うことは、松井選手はレフトが決まったと言うことです!

さらに喜ばしいことは、MLBサイトによれば、バーニーもDHでヤンキースに残りそうです。
これがうれしい!

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さてさて、来期のオーダーがこれで決まりましたね。
1番 センター デーモン
2番 ショート ジーター
3番 3塁   A・ロッド
4番 ライト シェフィールド
5番 レフト 松井
6番 1塁 ジョンビ
7番 捕手 ポサーダ
8番 DH バーニー
9番 2塁 カノー

って、ことになりそうです…
まあ、1,2番と7,8番の打順は変わるかもしれないけれど、それにしてもものすごい打線です。
とにかく、これで「ワールドシリーズ制覇」を期待できます…と言いたいけれど、あとは、投手ですね。

いい投手を獲得して欲しい。今季のようなことがないように。

a0094890_1531180.jpgバーニーも残ってくれて、人間味あふれる人格者でもあるデーモンが来てくれるなんて、まるで「夢のオーダー」です。またまた来シーズンも観客が増えそうです。





(写真はYahoo!sportsMLBサイトより)
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by mlb5533 | 2005-12-22 13:29 | 第二章

WBC出場辞退の選択

WBC出場は?

各スポーツ紙でも、松井選手の動向を報じていた…

「松井どうする?米紙も決断関心」
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 WBC出場への態度を保留するヤンキース松井について、米地元紙も決断に関心を寄せた。ニューヨーク・タイムズ電子版は10日、代理人のアーン・テレム氏に近況動向を取材。同氏は「おそらく(WBCで)プレーしたいと思っている」としたが、「ケガの心配や、果たして(大会から)戻ってヤンキースで162試合プレーできるかを言っていた」と迷う松井の胸の内を代弁した。


…と、した翌日にこの記事。

「ヤンキースGM、Aロッドの意向尊重」

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 地元紙にWBC出場辞退の意思を明かしたヤンキースのA・ロドリゲス三塁手が、キャッシュマンGMにも電話でWBC不参加の意向を伝えていたことが分かった。同GMは「昨日(15日)電話をもらった。僕にできるのは、この件について沈黙を守ることだけ」と話し、同選手の意向を尊重する姿勢を見せた。また、ポサダ捕手のプエルトリコ代表への不参加要請は認められたが、その他に誰の不参加を要請しているかについては明言を避けた。

…で、追い打ちをかけて…翌日の新聞には、

「A・ロッドがWBC不参加表明!松井秀の不参加も加速か」
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ヤンキースのアレックス・ロドリゲス内野手(30)=写真=が、来年3月に開催される野球の国別対抗戦「ワールドベースボールクラシック」(WBC)への不参加を決意した。16日付の「ニューヨーク・ポスト」紙が報じた。同じヤ軍の松井秀喜外野手(31)の不参加も加速しそうだ。

米国とドミニカ、2つの“母国”の間で揺れ動いたロドリゲスが、来年3月のWBCへの不参加を表明した。

「家族とよく考えた末、出ないことを決めた。どちらで参加しても(選ばなかった国の)名を汚すという結論に達した。ヤンキースのためにプレーすることは、どちらの国に対しても誇れることだと思う」

今月上旬のウインターミーティングでは参加が発表され、国籍をもつ米国と両親の故郷であるドミニカのどちらで代表入りするか注目されていた。ニューヨークの地元ラジオ局のインタビューではドミニカ代表入りをほのめかしていたが、態度を一変させた。

ヤ軍ではホルヘ・ポサダ捕手(34)に続く出場辞退。ヤ軍から不参加を促す親書が届いたといわれるゴジラが、今月中にも下すとみられる最終決断にも影響は必至。WBC不参加の可能性が、さらに高まった。

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もともと、WBC出場にはヤンキースのシェフィールド選手も語っているとおり、「その開催動機が理解しにくいし、開催時期も問題で、実現しにくい」

プロ野球と、サッカーとは違う… サッカーのように各国とも選手のレベルが平均化していて、4年に1度の「ワールドシリーズ」を目指して戦う行程と、ベースボールの世界は違う。
仮に、WBCで優勝したからと言っても…どうだろうか?

松井選手のWBC出場は、ボクのようなヤンキースファンならずとも消極的なのではなかろうか…
松井選手は、今年1000万ドルプレーヤーの仲間入りした選手。ヤンキースの中軸を打つ選手だ。
162試合、立て続けに出場しなければならない。彼はまた、その連続出場記録を大切にしている。
その上、トレード拒否権を持っている。拒否権を持っているのは、投手ではムッシーナ、R.ジョンソン、リベラ。野手では、ジータにA.ロッド、ジョンビの計6人だ。全員、ヤンキースの看板選手である。松井選手は、来シーズンからこの仲間に加わったということなのだ。

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ポサーダ捕手でさえ、球団はトレード拒否権を与えていないのだ。シェフールド選手も、である。
と言うことは、松井選手にとってのヤンキースは、今までとは立場が違う。
今までは、ニッポンから来た「助っ人サン」だった。まあ、言葉は悪いが大リーグに「稼ぎに来た選手」という立場だった。
しかし、もう違う。彼は、名実ともに押しも押されぬ「ヤンキースの顔」になったのである。
当然、松井選手は今までのシーズン以上に「主軸の責任」を感じているはずだ。

ヤンキースは、日本リーグ制する巨人軍、とは、そのスケールは違いすぎる。
ワールドシリーズ制覇が、「義務」になっているチームだ。162試合の他に、10月決戦まで駒を進めて、さらにワールドシリーズで4勝しなければならない。

その体力管理は、我々の想像を超えている。
WBC出場は、3月…。だから、出られない。というのが、本音だろう。

a0094890_15225131.jpgそして、松井選手がWBC出場をしなくても、彼を理解している人ならば誰ひとり否定も批判もしないだろう。むしろ、WBC出場辞退、の選択をして欲しい…

そして、来シーズンこそ、冗談抜きで「ワールドシリーズ制覇」を果たしてほしいものだ。
ヤンキースのために全力をふるってプレーすることは、それ自体、彼のためであり、ニッポンの誇りでもある。
すでに5年間、遠ざっかてしまった「チャンピオンフラッグ」を取り戻してきて欲しい…。

(掲載の写真はYahoo!sportsサイトより)
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by mlb5533 | 2005-12-19 03:15 | 第一章

バーニー残留へ

バーニー残留へ調停申請
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米大リーグでフリーエージェント(FA)宣言した選手に対する各球団の年俸調停申し入れが7日(日本時間8日)で締め切られ、ヤンキース一筋で15年間プレーしてきた37歳のバーニー・ウィリアムズ外野手に対し、球団が調停を申し入れた。ヤ軍にとって残留を前提とした申請で、選手がそれに応じるか否かの回答期限は19日になる。


この記事が各スポーツサイトに掲載されたのは12月8日だった。



バーニー ウィリアムズ。Bernie Williams
そのピンストライプの背番号51は、イチロー選手の憧れでもあった。
ヤンキースファンにとってのバーニーは「NYYの顔」である。
彼の記録をここで紹介していたらキリがない。’98年~2000年のワールドシリーズ3連覇の我が英雄たちのひとりであり、ヤンキースの4番打者だ。

Center Field
Born: Sep 13, 1968 - San Juan, Puerto Rico

Batting
Year Team G AB R H 2B 3B HR RBI BB K AVG OBP SLG OPS
1991 NYY 85 320 43 76 19 4 3 34 48 57 .238 .336 .350 .686
1992 NYY 62 261 39 73 14 2 5 26 29 36 .280 .354 .406 .760
1993 NYY 139 567 67 152 31 4 12 68 53 106 .268 .333 .400 .734
1994 NYY 108 408 80 118 29 1 12 57 61 54 .289 .384 .453 .837
1995 NYY 144 563 93 173 29 9 18 82 75 98 .307 .392 .487 .878
1996 NYY 143 551 108 168 26 7 29 102 82 72 .305 .391 .535 .926
1997 NYY 129 509 107 167 35 6 21 100 73 80 .328 .408 .544 .952
1998 NYY 128 499 101 169 30 5 26 97 74 81 .339 .422 .575 .997
1999 NYY 158 591 116 202 28 6 25 115 100 95 .342 .435 .536 .971
2000 NYY 141 537 108 165 37 6 30 121 71 84 .307 .391 .566 .957
2001 NYY 146 540 102 166 38 0 26 94 78 67 .307 .395 .522 .917
2002 NYY 154 612 102 204 37 2 19 102 83 97 .333 .415 .493 .908
2003 NYY 119 445 77 117 19 1 15 64 71 61 .263 .367 .411 .778
2004 NYY 148 561 105 147 29 1 22 70 85 96 .262 .360 .435 .795
2005 NYY 141 485 53 121 19 1 12 64 53 75 .249 .321 .367 .688
Career 1945 7449 1301 2218 420 55 275 1196 1036 1159 .298 .384 .480 .863

膝の悪化から、一昨年から打率は下降しているとは言え、バーニーはやはりチームの要である。
一時期、ヤンキースはバーニーと来期は契約しないとのニュースが流れた…
淋しいニュースだった。あれだけの功績を残した選手をいとも簡単に切り捨てるのか…と、ファンは嘆いたものだった。
しかし、というかやはりヤンキースのフロントも人間である。これだけの名選手を捨て去ることは出来るわけがない。ヤ軍の球団側から、残留の申請してきた。

かつて、巨人軍に「長嶋茂雄」がいた。「ミスタープロ野球」であり、彼は生涯巨人軍のユニフォームを着続けた人である。
バーニーも同じだ。
バーニーが他チームのユニフォームを着てプレーする姿を連想できない。

期限は、19日。もうすぐである。
バーニーには、NYYにいつまでもいて欲しい…

…NY152…
by mlb5533 | 2005-12-17 21:12 | 第二章

Yankee Stadium

日本時間で、2003年6月8日の朝だった…。
この日、我がヤンキースに入団した松井秀喜外野手が、5号ソロ本塁打を打った!
しかし、この日に限ってNHKのBS1ではその試合を中継していなかったから、その瞬間を見られなかったのが残念でしかたない。

松井選手がヤンキースに行ってから、ボクの私生活はずいぶん変わった。
それまでの数年間は、お昼頃に起床していたし、床につくのは午前3時頃だったか… 授業の講義で気になっている箇所の調べもので時間を使っていたり、DVDの新作映画を数本見続けたり。そして、目が覚めた時間が、ボクにとっては、その日の朝だった。
起床するとまず、コーヒーメーカーをオンして、フラフラと洗面。白いマグカップにコーヒーを注ぎ、それを持って歩き、椅子に座って、PCをオンする。立ち上がる僅かな時間に熱いコーヒーをすすりながら、タバコを一服する。その生活リズムが長い間続いていた…

この生活リズムがいいのか、悪いのかと言う是非論は後にして、いまやYankeesの松井選手の活躍が気になっているのだ。

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           2003年3月31日初安打! ここから「伝説」は始まった

朝8時から始まるNHKのBS1「大リーグYankees戦」中継を見ないと、落ち着かなくなった。時々、他のチームの中継になってしまって、Yankeesの試合があってもその中継がない。長年Yankeesと付き合いの深いボクにとっては、そんなときいささか機嫌が悪い…

松井秀喜選手が、まだ巨人軍に在籍していた頃は、いまほど注目はしていなかった。
東京の渋谷で生まれ育ったボクは、子供時分から「巨人軍」を友だちにしてきた。生粋の巨人ファンであることは間違えない。父親や先輩たちから、後楽園球場や神宮球場に連れて行ってもらったものだが、それでも、現在ほど松井選手を注目するようなことはなかった。ひとりの選手に意識が向くことはなかったのだ。

ボクが「巨人ファン」の看板を下ろしたのは、やはり、長嶋さんがもういなくなったからだと思う…
そして、松井選手もその翌年、アメリカに渡ってしまった。
記者会見で、彼はこう言っていた。
「ヤンキースに入団します」と。
ボクは我が耳を疑った。なになに、松井選手がYankeesに行くって? ホント??

この瞬間から、ボクは自分の中に隠れて眠ったままだった「New York」が目を覚ました。
そして、この日から松井選手をプロ野球選手としてではなくて、ボクはひとりの人間として彼を見るようになった…

‘80年代、経済記者をしていた頃、ひとりでアメリカに行ったことがある。
ろくに英語も話せなかったボクが、ひとりNYのアパートから取材する日々を過ごした。
失敗ばかりだった。レストランでのマナーも知らなかったし、第一、地下鉄の乗り方すらわかっていなかった。バスを使って移動するなんて、出来るわけもない。
あの頃ボクは、アメリカが大嫌いだった。いや、もっと若かった小学生頃から、アメリカが嫌いだった。
アメリカの歴史を知るほどに、嫌気が増した。だから、英語は学ぶ気がしなかった。どうせ行くこともない国の言葉を学んでも、意味がないから。
それよりも、フランス、とくにパリにあこがれを抱いた。イタリアにも関心を持ち、ロシア文学にも興味を持った。映画は、フランスかイタリア映画を好んで見、アメリカ映画は見ようともしなかった。

記者になったら、一層その気持ちは強くなった。結局は、国政でも、経済政策でも、外交問題でも最後は力ずくじゃないか。なにが民主国家か、と嘆く。
そんなボクが、なんの因果かNYひとり旅。その後数年間、東京とNYをなんども往復することになっていく…
ある日、気がついた。
ボクが落ち込んだときでも、淋しそうにしていたとき…ビレッジに誘ってくれたのは、NYの友だちだった。ホームパーティーに誘ってくれたのも彼らだった。映画に連れて行ってくれたのも、ミュージカルの切符を手配してくれたのも、そして…「Yankee Stadium」との出会いと、その歴史を熱っぽく語ってくれたのも、みんなみんなNYで知り合った友だち。つまり、アメリカ人だった。
彼らは、ボクの中に「高慢と偏見」があったことに気づかせてくれた。

              2003年4月8日、大リーグ1号は満塁弾!
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ボクの学生時代…
イタリアから美術を学んだ。ドイツから古典音楽を学び、フランスから哲学を学んだ。ロシアから文学を学び、イギリスからは舞台芸術を学んだ。アメリカからは学ぶものがないと思っていた…
しかし、NYで生活したことでボクは学校では学べないものを学べた。
それは「愛と自由」だ。かけがえのないものになった。
おかげで、いまでも第二の故郷「アメリカ」には、年に何回か行く。友だちに会うために…



a0094890_1593249.jpgNew York 2003年、9月28日。
この日、ボクはYankeeStadiumにいた。ウェルス投手の200勝達成を見られたことはうれしい。松井選手は1打席だけDHの出場だったが、それでもきっちりと安打してくれたことが誇らしい。
ボクがこの目で初めて見た「ヤンキース松井選手」の「生ヒット」でもある。
あれ以後、ボクは友だちとYankee Stadiumに通っている。日本から、わざわざ見に行くほど、松井選手が気にかかる。

巨人軍の4番打者という日本プロ野球界での最高の勲章を棚に上げてまで、太平洋を渡った松井選手。
きっと、彼には「夢」があったに違いない…
その「夢」を現実にするために、太平洋を渡ったのだろう… ボクは、そう思いたかった。

上記の写真は、松井選手がヤンキースタジアムで打った満塁ホームラン。彼にとって、大リーグ本塁打1号である。
ヤンキース百年の歴史の中で、ルーキーがホームグランド「Yankee Stadium」初試合で満塁弾をスタンドに打ち込んだのは、彼が史上初めてである…

…NY152…

(松井選手の写真はYahoo!sportsサイトより)
by mlb5533 | 2005-12-08 03:34 | 第一章

はじめまして

手と目をとめてくださって ありがとうございます。
自己紹介します。

出身地:東京都渋谷区

星座:射手座

現住所:板橋駅付近のアパート

プロフィール:日本大学芸術学部を卒業後、大手新聞社へ。文学バッカシやっていたのに、勤務はなぜか「経済」で商社、金融担当。時々、ストレス解消で人物ものを連載。失恋回数は、寅さんなみで、おそらく「金メダル」候補。NY赴任後、独立。ぜんぜん黒字にはなっていないが、日々人との出逢いが生き甲斐。映像と音楽をまた自分の人生に引き戻したのが、最大のしあわせ。166/53 B型(と言われているが、O型かも。調べたことナシ)

好きなこと
 ☆人との「会話」と「手紙」
 ☆ヤンキース とくに松井秀喜選手。日本野球は「巨人軍」です。
 ☆クラシック音楽&ミュージカル そして、ジャズも。
   中学生時代から金管楽器を吹いていたので、音楽はいつも側にありました。育ったのが渋谷
   だったから、日曜日は映画館に行ってました。映画を見終わってから、宿題をしていたのが
   ボクの子供時代です。
 ☆映画 ただし、血だらけのホラーは避けます。
      「You've got mail !」とか、ラブコメディーとシリアスなドラマが主です。
 
      その結果、CDとLDは、それぞれ2000タイトル以上になっちゃった…。
      目下、DVDに切り替えしてます。アホ、でしょ!
 ☆コーヒー:お酒は飲まない。NY生活から帰ってきて、変わったのはコーヒーの飲み方。
         なにも加えずにそのままで、飲んでます。
 ☆太陽の光 クシャミが出るけど、太陽の光のもとで深呼吸すると「ふぅ~」と、安らぎます。
 ☆舞台 年に1回だけ商業演劇の演出を。音楽劇…ですね。

苦手なこと
 ☆腕時計 重いから、しません。なくす、し。
 ☆雨傘 先が尖っているから、つつかれそうで…。雨でも、パーカーで間に合ってます。
      パーカーはクルマのトランクにも入れてます。
 ☆生肉
 ☆地震 いまでも。どうしたらいいのか、わからない…。
 ☆クライお人 典型的「お祭り男」です。オッチョコチョイのお調子者なので、深刻な性格の人には毛嫌
          いされています。しかし、不思議なことに友だちは人並み以上おります…。
          オナゴどもとも騒ぎまくっていられます。
          こんなですから、ついつい人様にご迷惑、誤解をかけてしまうことが多々ありますね。
 ☆携帯電話 ボタンが小さすぎる。メールなどの機能は知らない。
         電話としてのみ使っている。最近強制的に持たされたが、なくして今は3個目。


クルマ:ずぅ~~っと、スカイライン。今は、R34型で真っ赤。
      運転がヘタなので、レスポンスの高いクルマでないとボクには危険。 はしる、とまる、曲がる
      が明確なクルマほどボクには合っている。あとは、人が多いときはグロリアでギューギューに
      して乗ってます。外車はまったく関心なし。

好きな色:「白」と「紺」

好きな季節:真冬 「もの凄く寒いから」 です。

大事にしているもの:「出逢い」と「別れ」 大事にしているクセに、両方とも、うまくないです。

好きな女優さん:「キャスリーン」のメグ ライアン。
             韓国のソン イェジンさんと「冬のソナタ」の「ユジンさん」。
                        最近は「春のワルツ」のハン ヒョジュさん。

好きな食べ物:卵 海苔 焼き魚 ひじきの煮付け 納豆 お豆腐 そして、ご飯です。
            お蕎麦屋さんなら、絶対にここ!
           贅沢を承知で書き加えると、NYの「サラベス」の朝食がいいね。

好きなデザート:葡萄 いちご(デカイの) チーズケーキ(テオブロマの) 
            京都の和菓子匠源水の「小豆菓子・ときわ木」 浅草「千葉屋の大学芋」
            NY「パリコミューン」のフレンチトースト&「カフェ ラロ
  
よく行く場所:秋葉原(CD&DVDを) 浅草(うなぎ茶場) 神保町(古い本新刊を) 代官山(友だちと) 池袋(食品を) 京都(歯の治療と友だち) 広島(お好み焼きと友だちに) 渋谷(劇場に)  NYならUpperWestの「FAIRWAY」(フレーバーコーヒー豆を購入)



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by mlb5533 | 2005-12-06 00:01 | 自己紹介