f0012316_21192085.jpgオープン戦でのご活躍、頼もしく感じております。

持病に加えて、今年は古傷の左膝がまた悪化しているとのこと。完治してない状態と聞いておりますが、笑顔を忘れずにボク達へのファンサービスを続けている松井選手の姿に常々感心いたします。


貴君はいまアメリカの一部のメディアから、「聞きたくない」ような記事や、こころにもない「比較論」などが耳に入っているのではないか、と。そのことで、もし、ボク達ファンに対して、いぶかしい気持ちになってはいないかと心配になりました。

松井選手の「夢」を一緒に追いかけるひとりの人間として、ボクは少なくても貴君の選択を指示します。貴君の置かれている立場をボクは理解できます。いや、この「理解」は決してボクひとりではないと思います。
貴君の活躍を通して知る貴君の人柄と、プロとしての技術向上の励む姿と、熱心さはまさしく日本の文化の伝統的理性すら感じ取れます…。

貴君を指示する多くの人たちは、そのことを知っています。そして、貴君自身がWBC出場辞退を選択したらその後どうなるかも、覚悟していたはずですが、そのこともまた貴君同様ボク達も承知の上でした。誹謗と中傷、批難の声も上がると言うことを…。

                    永遠の瞬間 「満塁ホームラン!」
f0012316_2127941.jpg

そんな雑音を覚悟してまでも貴君は自分の「夢」を大切にしていました。
貴君の「夢」は、本来WBCの「夢」に他なりません。同等であり同質であって、ベースボール&野球を愛する人たちの共通した「夢」であったはずです。いや、そうでなければWBCの存在理由がありません。貴君はじめMLBの選手達の中で、辞退と出場の選択はどちらの回答であっても、その「夢」からはずれるものではない、ということです。善悪ではありません。正しいとか不正でもないのです。
ベースボール&野球のすばらしさを伝えたい…との「夢」は貴君個人もWBCという団体も、そして全世界の各球団チームの選手達に共通した「夢」だから、です。

「夢のヒモ理論」とでも言いましょうか… 共鳴し合っている「夢たち」の輪、でいいのです。

ただ、一方で、これは現実的なことですが、貴君へのメディアによる報じ方は昨年とは異質になるような気がしています。おそらく、今期は貴君にとってアメリカのメディア特有の「比較論」や「弱者の理論」で見られることが多くなるかもしれません。そして、松井選手を支持しているボク達にも、聞きたくないような、見たくないような記事に出逢うことになるかもしれない。
しかし、貴君はどんな環境にあってもボクと分かち合ったあの「夢」を追い続けてください。
そのプレーを見せてください。
トーリ監督とガッチリと握手してください、「夢のグランド」で…。
チームの仲間たちと、ガッチリと!
そして、「リング」の輝きをこの日本に持ち帰ってきてください…

これは個人的な感想ですが、ボクは貴君がピンストライプのユニフォームを着ている以上、ジータ選手やA.ロッド選手、バーニー選手達と敵味方に分かれて戦う姿なんて見たくもありませんでした。大儀がなんであれ、です。もし、ボクの尊敬するムッシーナ投手がUSA代表で出場していたとして、その時松井選手が打席に立ったらいったいどっちを応援すればいいのですか? ボクにとっては、笑い事ではありません。そんな対戦なんて、考えたくもありませんでした。
美しくない、ですよ! そんなこと。

貴君は「ワールドシリーズ出場チーム」の最右翼に位置しているチームの一員です。そのチームの中でたったひとりの日本人。これが貴君の立場でしたね。だから、WBC出場辞退の選択は、当然、なのです。貴君の日頃の健闘を知る人たちにとって、そして貴君の立場を理解できる人たちにとって、今回の「我慢の選択」こそ、貴君らしい潔さだと言うことを知っています。貴君の輝きは永久に続くものであって、決してそれを失うことはありません。

      松井選手の初ヒット!
f0012316_21313996.jpgさてさて、松井秀喜選手様。

今シーズンの宿題があります。
1.打率.310以上にすること。
2.打点130以上にしなさい。
3.9月中旬にシャンパンかけ!
以上の問題に正しく回答しないさい。期間は、今期9月末とします。

そして、10月の宿題は、
1.「夢」を「現実」にすること!
2.マッティングリーコーチとガッチリ握手!
3.チームメイト全員とシャンパンかけ、3回!
そのためには、10月だけで
1.打率.340
2.打点25以上

以上の出題に正しく回答を提出しなさい。回答の期限は今年10月1日から10月末日とします。
ボクは貴君がこの宿題すべてに回答し、満点で今期を終了すると、「夢」見ております…
まだまだ花粉が舞い散る季節、くれぐれもお体にはご自愛下さい。


…もう、間もなく、「夢」の舞台の幕が上がります、ね、皆様。
松井秀喜選手の今期の活躍と我がYankeesの栄光の復活ために、彼らの「夢」を一緒に応援してあげましょう。
ベースボール&野球をこよなく愛する人たち…。

…NY152…
by mlb5533 | 2006-03-23 21:09 | 第一章

この数日間、ボクはいい夢を見ていた…
今朝、目覚めてもまだその夢の続きの中にいるのか…終わった夢を懐かしんでいるのか…
なかなか現実に戻れずにいた…

a0094890_16302275.jpg
ボクと同じ「いい夢」を見ていたのは、野球ファンだけではあるまい。ふだん野球には関心もなく興味もなかった人たちも昨日の「春分の日」は、アメリカから届いた電波をそのままテレビに映して、彼らの活躍に一喜一憂していたことだろう…。それは、まるで「夢の中」にいるかのようだったに違いない。多くの人々が「いい夢」を分かちあった…

21日に行われたWBC決勝日本-キューバ戦を中継した日本テレビ系の番組平均視聴率が関東地区で43・4%を記録したことが22日、ビデオリサーチの調査で分かった。
瞬間最高視聴率は王監督が胴上げされた場面で56・0%だった。
a0094890_16304058.jpg
WBCについては、スタート前にその企画自体を疑問視する声も多数あった。
出場各国の組み合わせにも疑問を持つ人たちが多かった。ルールにも納得できない声もあった。MLB関係者とMLB選手会が主催者側であるにもかかわらず、大リーグの選手個人が「辞退」したり「反対」したり…。そもそも、主催国のアメリカ自体が盛り上がらない。
アリゾナに旅行に出掛けたご夫婦が、イチローの練習風景をカメラに納めようと探したがイチローが見つからない。
「WBCに出場していますよ」
と、言われても「WBCって、なに?」
まあ、ふだんベースボールには関心がないご夫婦なのだろうが、これがアメリカ国内でのWBCに関する正直な反応なのである。

a0094890_16305868.jpgWBCの試合が開始すると、審判員の「誤審疑惑」があった。 
一般紙でも、ボブ・デービッドソン審判員を「日本で最も有名になったアメリカ人」と、皮肉混じりに記事にしているけれど、審判員の八割がアメリカ人だと言う主催者側の姿勢は試合前から変えようとはしなかった。他国の声も聞き入れなかった。
ボク自身は、この誤審には「やはり、な…」とWBCにはますます関心が薄らいだ。しかし、この「事件」をきっかけにして、テレビの視聴率が急上昇しいてる。
日本の人たちがWBCって? 関心を持ったのだろう。

韓国戦に対して、イチロー選手が「ああい言ったのこう言ったの…」との、話題も上がった。
ボクには「お国柄」で処置してしまうような話なのだが、これもまた日本人のWBCへの関心を集める話題もなった…。

ところで…。
WBCの試合そのものは、どうだったのか…

ドミニカ対キューバ戦にしても、プエルトリコ対キューバ戦そしてドミニカ対プエルトリコ戦などは両国の選手たちのプレーは凄まじかった。結果はドミニカ共和国は5勝2敗。プエルトリコは5勝1敗。ともにWBCの準決勝まで登ることはなく、その勇姿を日本の人々に見る機会もないまま消えてしまった…。
日本チームの選手たちがみんなそうだったように、各国チームの選手たちは、あたかも高校球児さながらに、ひたむきで、フェアプレーの連続だった…。夢の試合の連続だ…。
このことは各スポーツサイトと記事が物語っている。
組み合わせの幸運からか、それとも実力かの議論など、いまさらそんな議論はもうどうでもいい。

a0094890_16312396.jpg日本チーム対キューバ戦は誰が見ても優勝決定戦にふさわしい内容だった…

全員がスターだった。

8回1/3から登板した大塚投手の熱投なくして、9回の日本チームの猛攻はなかっただろうし…。

試合経過を言い出したらきりがない。まさしく、夢の連続だった…。

夢…しかし、これは現実だ。
日本10-キューバ6
第1回WBCのチャンピオンチームは、「日本チーム」だということ。
「こういう素晴らしい仲間と出逢えて…」と、世界一になった記者会見でイチロー選手はこう言ったまま、次の言葉がつまった。

イチロー選手はじめ、王監督も、全選手30人がこの数日間、
「夢」の、その中で生きていたのだろう…

彼等の「夢」をボクたちに見せてくれたから、ボクは全日本の選手たちと一緒にその「夢」に誘われたのだろう…

a0094890_16314187.jpg日本チームのスターティングメンバー 
1 遊  川崎
2 二  西岡
3 右  イチロー
4 DH  松中
5 左  多村
6 捕  里崎
7 一  小笠原
8 三  今江
9 中  青木




この選手たちにボクはいい夢を見せてもらった…

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…NY152…
by mlb5533 | 2006-03-23 01:14 | 第一章

木曜日から明日まで、仕事の為、PCの前に座れる時間は、深夜にならないと無理なのです。

遅報もいいところ! みっともないやら恥ずかしいやら…。
いまやっとこサ、PCの前に座れたので、取り急ぎ原稿にしましょう。
遅れたとしても、この記事も「記録」に残しておく意味もあるだろうし…。

ヤンキース松井選手 待望のホームラン!
a0094890_2132673.jpg
米国大リーグ、ヤンキースの松井秀喜選手は16日、アストロズとのオープン戦でソロ本塁打を放った。オープン戦、10試合、29打席目での本塁打だった。

ここでマッティングリー打撃コーチのコメントがあるので、紹介しておこう。
本塁打について問われたマッティングリー打撃コーチは、4年目の松井秀の着実な調整ぶりにこう感嘆している…

「本当に安定している。自分の計画から大きく外れることのない打者だ」
と。



とにかく、松井選手にボクたちの待望の「ホームラン情報」が入ってきたことは、この上ないよろこびです! ハイ。


で、もうひとつのベースボール、WBC。
17日のお昼、「Masamiさん、USAが負けちゃった…。で、全日本が準決勝に出場が決定したようですよ」
との友だちの報告。
「まさかぁ?!」
パンを食べていた手が一瞬止まりました。「あ~~あ、大変だ、こりゃあ」
地元のマスコミはどんな記事に仕立てるのだろう、この結果を…。と、その後の後始末に関心がわいてしまった…。

主催国アメリカがこんな形で消えてしまうとは…。

ということは、全日本の対戦国はまた韓国。
んーーーー、勝敗がどっちになっても…後味は…ベースボールを観戦している気がしなくなっちゃっうのでは…との不安が残りますが、皆様はいかがなものでしょうか?

たぶん、ですが…イチロー選手は韓国ファンからすれば、「悪役」になっているだろうし。
試合展開を観戦する楽しさがなくなっているような…んーーー、このまま世界中のベースボールファンたちからの平等な関心が得られないとしたら、どこの国が優勝しようとも、自己満足の世界大会に終わってしまう…。審判員への不安感もぬぐい去れない…と、聞くし。
2回目がホントにあるのだろうか?

単純に、勝敗の結果を楽しめないベースボールは…これはボクの個人的意見だけど、「ベースボール」とは言いたくないのですよ。面倒なしがらみや、作為を感じるようなゲームはボクだけではなくて、「自由」と「健全さ」を大切にしている人たちには、参加してもらうことが難しいと思います。

ちと、アメリカらしくない… 
いや、このやり方こそ、「アメリカ指導者の本音」だったとしたら、自由と秩序を愛するアメリカ人にさえ、そっぽを向かれる気がしてなりませんが…。

このブログに、シアトル支局が設立されましたぁ~~~~!
すっげぇーーーー、でしょ!

特派員の名前は「パンダさん!!」 で~~~す。

今後はパンダさんの記事もこのブログに掲載していきますので、よろしく!!

で、いきなりWBCの現場取材報告です。
「ぜんぜん、盛り上がっていませんよ…WBCって、なんなのよ?」
でした! ハイ!
WBCの現場、アメリカシアトル支局からのレポートでした!

…Masami…
by mlb5533 | 2006-03-18 02:24 | 第三章

ヤンキース「永久欠番」-第2話-

a0094890_313384.jpg

背番号「23」: ドン・マッティングリー (Don Mattingly)1塁手のお話です。







「3割打者の伝説」と言えば、もうこの選手を置いて他にいるでしょうか?
まずは、ご覧いただきましょう。
マッティングリー選手の打率の足跡を追いかけてみましたので…。








82年   7試合  12打数  2安打                打点   1 打率.167
83年  91試合 279打数 79安打 2塁打15 本塁打 4 打点  32 打率.283
84年 153試合 603打数207安打 2塁打44 本塁打23 打点 110 打率.343★
85年 159試合 652打数211安打 2塁打48 本塁打35 打点 145 打率.324☆※
86年 162試合 677打数238安打 2塁打53 本塁打31 打点 113 打率.352◆
87年 141試合 569打数186安打 2塁打38 本塁打30 打点 115 打率.327
88年 144試合 599打数186安打 2塁打37 本塁打18 打点  88 打率.311
89年 158試合 631打数191安打 2塁打37 本塁打23 打点 113 打率.303
90年 102試合 394打数101安打 2塁打16 本塁打 5 打点  42 打率.256
91年 152試合 587打数169安打 2塁打35 本塁打 9 打点  68 打率.288
92年 157試合 640打数184安打 2塁打40 本塁打14 打点  86 打率.288
93年 134試合 530打数154安打 2塁打27 本塁打17 打点  86 打率.291
94年  97試合 372打数113安打  2塁打20 本塁打 6 打点  51 打率.304
95年 128試合 458打数132安打 2塁打32 本塁打 7 打点  49 打率.288
                    (★は首位打者 ☆はMVP ※は打点王 ◆は最多安打)
14年間トータル記録は…
1785試合 7003打数2153安打 2塁打442 本塁打222 打点1099 打率.307

6年間連続の3割を記録しています。
現役のバーニー ウィリアムス選手は8年連続の3割を記録していますが、残念なことに昨年までの15年間シーズンの打率アベレージは.298です。なんとしても、今期は.300まで数字を伸ばしておきたいものです。
皆様もご承知ですが、松井選手が今期、打率.310以上を記録出来たら、大リーグ4年間での打率アベレージを3割にのせることが出来ます。まあ、松井選手にしても、バーニーにしても、手の届く数字だと思いますが…。これも今シーズンの楽しみでもありますね…。

さあ、マッティングリー選手のことです。
この選手は、ホームラン打者ではありません。まさしく、アベレージヒッターの鑑(かがみ)なのです。
しかし、彼の本塁打もおもしろい記録が残っています。
1987年に、8試合連続ホームラン はいまでもメジャーリーグ記録のタイ記録になっていますし、同年の1シーズン6本の満塁ホームランは、メジャーリーグ記録になっています。

派手な記録はこのくらいですが、チャンスに強いことから、しっかりと打点を獲得出来る選手でもありました。どちらかと言えば、ファンたちの記憶に残る選手、だったのです。

1981年、ヤンキースはドジャースとのワールドシリーズ対戦以後、15年間、1995年までリーグ優勝どころか「最下位争いのヤンキース」と言われるほどの低迷が続きます。
1985年に盗塁王のリッキー ヘンダーソン選手(Rickey Henley Henderson-89年まで在籍)を補強しますが、それでも「冬」を超えることはなかったのです…。

                                        盗塁王リッキー選手
a0094890_3222399.jpg1994年には、大リーグ最大の危機、「ストライキ」がありました。これによって、ワールドシリーズはもとよりレギュラーシーズンの試合も出来なくなりました。そのことから、ベースボールの多くのファンが去ってしまったのです…

この15年間を「ヤンキース冬の時代」と米国マスコミではそう呼んでいます。

その「冬の時代」に活躍していた選手こそ、「永遠の3割打者」 ドン マッティングリー選手なのです。
ドン マッティングリー選手は、一度もワールドシリーズに出場しないまま1995年に引退。そんな彼の姿を、ヤンキースファンたちは惜しみました…。

一方、球団にも新たな動きが始まります。
1995年11月。シーズンオフにヤンキース新監督が発表されました。
ジョー・トーリ(Joseph Paul Torre)でした。
ジョー・トーリ監督とドン・マッティングリー選手は、お互いにすれ違いの野球人生だったのです。

そして、翌1996年。ヤンキースは新監督のもとで18年ぶりにワールドシリーズを制覇しました。
その後、1998年から2000年のワールドシリーズ三連覇の偉業を達成します。
この時代を「ヤンキース復活の時代」と米国マスコミは呼んでいます。長らく低迷していた名門ヤンキースの完全復活を実現したのです。トーリ監督はみんながよくご存じの、ヤンキース史上初の8年連続ポストシーズン進出も達成していますね。

ドン・マッティングリー選手は、皮肉なことに引退した翌年1996年、アトランタとのワールドシリーズ4勝2敗、18年ぶりにワールドシリーズを制覇したヤンキースの姿をスタンドで観戦しています…。


a0094890_3232073.jpgドン・マッティングリー選手。
ヤンキースの主将は現在ジータ選手で11代目ですが、1991年2月28日から1995年までの期間、10代目がドン・マッティングリー選手でした。

彼は1990年。最下位争いになって観客が遠退いていくスタンドを見て、かなりの苦しみを持っていたと伝わっています。さらに悪いことに、膝を壊して彼は7月に障害者リストに。シーズン後半復帰したが、すでにチームは低迷からの脱出は出来なかったのです。
シーズンオフに大手術をして、1991年に復帰。
復帰した ドン マッティングリー選手はやはり徒者ではなかったのですが、往年の「ヒットマン」としての力量は影を潜めていきました。その後、5年間プレーしますが、94年の打率.304以上を打つことはなくなりました…。

ヤンキース一筋。
1982年から14年間プレーしたドン マッティングリー選手。折りしも「冬の時代」低迷期の真っ只中でした。結局引退までにワールドシリーズに出場することは叶わなかった「永遠の3割打者」ドン マッティングリー選手。
それでもひとりグランドで気を吐き、1984年にはチームメイトのデーブ ウィンフィールド(Dave Winfield;81年から90年在籍)と激しい打率争いを演じ、僅差で首位打者のタイトルを獲得しています。この様子を一目見ようと、リーグ争いからはずれたヤンキースだったが、ドン マッティングリー選手の活躍だけを見たさにスタジアムに足を運ぶファンたち…。
また、デーブ ウィンフィールド選手ですが、彼の背番号「31」は、パドレスでは「永久欠番」に指定されていますね。

                 デーブ選手とマッティングリー選手
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マッティングリー選手は守備にも定評があり、ゴールドグラブ賞は9回も受賞しています。


やがて、時は流れて…、2004年。
トーリ監督はドン マッティングリーを呼び、打撃コーチに迎えました。
現場復帰したドン マッティングリーは、松井秀喜選手始め、あの「ポカ選手」カノー君、そしてディ
レク ジータ選手らの指導にあたっています。

マッティングリー選手を知る古くからのヤンキースファンはそっと静かに、共通の「夢」を見ています。
それは…、
今年ヤンキースがワールドシリーズを制覇し、大勢のファンが見守っている「そのグランド」で、トーリ監督とドン マッティングリーコーチのふたりが握手している姿なのです!

トレードマーク「口髭」を落としたマッティングリー コーチ
a0094890_3241570.jpg




ドン マッティングリー選手の引退した翌々年の1997年、背番号「23」はヤンキース球団では「永久欠番」に指定しました。



(写真はYahoo!sportsサイトより)
…NY152…
by mlb5533 | 2006-03-14 15:19 | 永久欠番

Yankees「#7」の物語

今日はNYYの「永久欠番」のお話でもしましょうか…その第1話です。

ヤンキースファンでも知っているようで、案外忘れているかもしれませんよ。

下記がYankeesの「永久欠番」です。

1 番  ビリー・マーチン (Billy Martin)
3 番  ベーブ・ルース (Babe Ruth)
4 番  ルー・ゲーリッグ (Lou Gehrig)
5 番  ジョー・ディマジオ (Joe DiMaggio)
7 番  ミッキー・マントル (Mickey Mantle)
8 番  ヨギ・ベラ (Yogi Berra) 及びビル・ディッキー (Bill Dickey)
9 番  ロジャー・マリス (Roger Maris)
10番  フィル・リズート (Phil Rizzuto)
15番  サーマン・マンソン (Thurman Munson)
16番  ホワイティ・フォード (Whitey Ford)
23番  ドン・マッティングリー (Don Mattingly)
32番  エルストン・ホワード (Elston Howard)
37番  ケイシー・ステンゲル (Casey Stengel)
44番  レジー・ジャクソン (Reggie Jackson)
49番  ロン・ギドリー (Ron Guidry)

★42番  ジャッキー・ロビンソン (Jackie Robinson) 42番は全球団で永久欠番。
ただし、現在はマリアーノ・リベラがつけています。これも、リベラ投手が引退(想像したくもないけど)したら、彼個人の功績をたたえての永久欠番になるのは確実でしょう。

現在16人。それに、「42」を加えれば、17人もの多くの永久欠番があるのは、もちろんYankeesが最高数です。

Yankeesで現存するひと桁の背番号は「2」と「6」ですが、
2番 ディレク・ジーター (Derek Jeter)
6番 ジョー・トーリ(JoeTorre=本名:Joseph Paul Torre:ジョゼフ・ポール・トーリ)監督
このふたりの背番号も、もはや「永久欠番」になるのは誰もが信じていることですね。
これで近い将来、Yankeesはひと桁の背番号は存在しなくなる訳ですね。

          ボクの部屋の壁に額入りで飾ってある「ミッキー500号」の記念写真
a0094890_341362.jpg

ボクはちょっと前まで、自分のメールアドレスを「NYY7…」にしていました。
NYY7。
そう、「Mickey Mantle(ミッキー マントル)」の背番号です。Yankeesの永久欠番です。
ボクがYankeesと出逢えたのは、この人の物語をNYの友だちが熱く語ってくれたことから始まりました…。まだ、経済記者として単身でNYに赴任していた頃のお話です。
もう…十数年以上も前のことですが。とにかくあの頃、ボクは#7にすっかり魅了されてスタジアムに行くと近くの屋台のNYYグッズの中から、#7関係を買いあさったものでした。

なので本日は、ボクの個人的理由から、NYY7「ミッキー マントル」を書せてください…

a0094890_3423867.jpg彼の半生を描いた映画に「61*」があります。
Mickey Mantleには、ハリウッドスターのトーマス ジェーン
Roger Marisには、性格俳優のバリー ペッパー
が扮しましたが、大変に米国内では物議を提供してしまった映画でした。
それは、あまりにも「事実」に忠実に創ったが為に元ヤンキースにかかわりのあった人たちから、かなりの批判が生じました。誰か? それは、ご覧になるとお分かりになるでしょう…。
この件については、「9:Roger Maris」を後述のときに詳しくご説明しましょう。

さて、ミッキーです。本名:Mickey Charles Mantle.

オクラホマ州スパビノーで1931年10月20日に生まれました。    
通算536本のHRは、スイッチヒッターとして歴代1位の大記録です。
ミッキーがスイッチヒッターになったのは、父親の影響でした。オクラホマの鉱山技術者だった父親はベースボールが大好きな人で、休日は仲間たちとグランドに行ってプレーしていたようです。
スイッチヒッターだった父親のバッティングフォームを子供時分から見ていてミッキーはその影響で、彼も自然と右でも左でも打てるようになったというのが、その伝説の始まりなのです。

ミッキーの魅力は、なんと言ってもあのとんでもない飛距離で飛んでいくデッカイHRでしょう。
最大では180メートルも飛ばしています。
本人が「私の野球人生の中で最も強烈な打球」と言うのは、1963年5月22日にヤンキースタジアムでカンザスシティ・アスレチックス(現オークランド・アスレチックス)のビル・フィッシャー投手のカーブを打ち込んだ時、もう少しで大きなヤンキースタジアムのライトを越えそうだったという驚異的飛距離。このホームランの推定飛距離は189mとも224mとも言われています。

a0094890_3442189.jpg映画会社トライスター社創設の第1回作品「ナチュラル」では、この逸話を元にして、ロバート レッドフォード扮するロイ選手がスタジアムのライトに打球をぶつける感動的なシーンがありますが、これはあきらかにミッキー伝説を知り尽くした脚本家による「ファンタジー」でしたね。

こんな飛距離を出す選手は、後にも先にも、ミッキーだだひとりではないでしょうか…。
ミッキーの大ホームランは当時でも記録的で、「どれくらい飛ばすんだろう?」と、ファンたちも正確な飛距離を知りたくなったようです。そこで、球団広報が実際に巻き尺を持ち出しました。
1953年4月17日のことです。ワシントン・セネタース(現ミネソタ・ツインズ)の本拠地グリフィス・スタジアム(当時)で放った打球は、スタンドを飛び越えてはるか場外へ…。球団広報が巻尺を用いて落下地点までの飛距離を計測した結果、なんと約172メートルも飛んでいました。
正式に記録された打球としては、冗談みたいな話ですが、事実これが現在でもメジャー史上最長弾になっています。
ポストシーズンでの18HRはメジャー史上最高記録で、今もメジャーリーグ記録です。

                                         1961年 ロジャー マリスと
a0094890_345390.jpgまた一方で、ミッキーは俊足で、ドラッグバントも得意としていたことも、ファンは記憶しています。
彼の現役時代は指名打者制度(1974年)がまだなかったため、もし導入されていればもっと長く現役生活を続けられていただろう、と悔やまれます。
想像すると、こんな選手なのです…
バリー ボンズ選手のパワー + R.レッドフォードの甘いマスクと金髪 + イチローの俊足 = ミッキー
なので~~すぅ!! 想像できますか? スゴすぎ、でしょ!

1951年にニューヨーク・ヤンキースの一員としてデビューして以降、ヤンキース一筋の野球人生を過ごし、1968年に引退しました。
しかし、ミッキーはその影で、怪我との戦いを繰り返していたのです。

1951年、弱冠19歳でメジャーリーガーになったミッキーに、多くの注目が集まったのです。
というのも、チームの看板選手でもあったジョー ディマジオの限界説と引退話が集中、新しく若いスターの登場が球団側に求められていたのです。
この年限りで引退するディマジオがセンターを守り、ミッキーがライトを守るという新旧スターが外野で名を連ねたまでは、よかったのですが…。
しかし、若いミッキーは調子が上がらず、その年7月半ばにはマイナー降格でした。ミッキー自身もかなり落ち込んだようでしたが、父親の励ましで復活。桁違いの成績をマイナーで残したミッキーは、8月末にはメジャー復帰。
この年のワールドシリーズでは相手はジャイアンツ。
その第2戦。ウイリー・メイズの打ったフライを追ったミッキーが外野のスプリンクラーに足を引っかけ、右膝を切ってしまうという重傷だったのです。まさに、右足は血だらけ状態だったようです。すぐに手術したものの、「この傷」がミッキーのベースボール人生を狂わせました。彼は引退するまで、この膝の故障に悩まされ続けたのです。しかし、当時のミッキーはその事実をチームメイトはもとより、誰にも語らずにいたということです。デビュー出来た最高に素晴らしい年、だったのに…。

この原因が、ジョー ディマジオの深追い、だったと言われています。
あのプレーは、あきらかにミッキーの捕球で十分でした。しかし、大先輩ジョー ディマジオの「アイガリ!」のひと声で…。以後、ミッキーはジョー ディマジオを避けるようになったという話が、近年になってから元チームメイトから聞かれました。

そして、1963年。
フェンスに体当たりして、左足を骨折。シーズンの大半を棒に振ってしまいました。
翌1964年に打率.303、35HR、111打点という好成績を残しましたが、ミッキーらしい成績を残したのはこの年が最後でした。
この年のワールドシリーズでもカージナルスに3勝4敗で敗北。これ以降、ヤンキースは11年もワールドシリーズの舞台に立つことがなくなります。そして、あの80年代の「冬の時代」になっていきます。「万年ビリはヤンキース」「地に落ちた球団」になっていきましたね…

晩年のミッキーは怪我に苦しめられ、ファーストに移ることも。
そして、結果的には1969年の開幕前に引退を発表しました…

ミッキーの引退は結果から見ると、「古きよき時代/ヤンキース」の幕が下りたことを意味します。
その後、ヤンキース球団は黒人選手問題だの解決しなければならないことが山積みされたままだったことを知ります。球団運営にも、変革が求められました。そして、「現代ベースボール」を取り入れなければいけないまでに、ヤンキース球団の体質は追い込まれていきます。

これも、すべてあのスーパースター「ミッキー マントルの遺産」ではもはや勝てない、ファンは球場に来てくれない…ということを意味します。
ミッキーがヤンキースにいない、ということは「古きよき時代」は、もう終わった…のです。
巨人軍があの長嶋選手がいなくなった…と、同じ意味を持ちます。
時代が新しくなったことを受け入れざるを得ないのです、当時のヤンキース球団は。しかし、それは容易い道ではなかったのが、古い体質が染みついているヤンキースでした。

日本プロ野球界で「長嶋選手」はもう出てこないのと同じ意味で、大リーガーには「ミッキー マントル選手」はもう出てこない、のです。アメリカでも、日本でも「あれほどの選手」はもうボクたちは見ることがないのです。なぜか? ベースボールの体質が、今と昔とは根本的に違うからです。

古さと、新しさの間にいた野球選手の名前は…
「ミッキーマントルと長嶋茂雄」です!
彼らがボクたちに、ベースボールの楽しさを伝えてくれました。そして、彼らの引退が、新しい姿へと、ベースボールを変身させてくれたのです。

              「長嶋茂雄 背番号3」こそ日本選手の「永久欠番」
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その新たになったベースボール選手の名前が…
「ディレク ジータとA.ロッド」であり、日本人選手が「松井秀喜選手とイチロー選手」なのです。
表現を変えると、「ミッキーマントルと長嶋茂雄」が「ディレク ジータとA.ロッド」そして「松井秀喜選手とイチロー選手」を生み出した、とも言えるのです。
新しくなったベースボールを最も興奮して観戦する資格は、「ミッキーマントル選手と長嶋茂雄選手」が持っています。そして、彼らの遺産の恩恵にあずかるボクたちにも…。
ベースボールを愛する仲間たちは肌の色と言葉の違いを超えて、みんな「ミッキーマントル選手と長嶋茂雄選手」なのです!

ミッキーは、1956年。
打率.353、52HR、130打点という圧倒的な成績で三冠王に輝きました。この年、1956年のドジャースとのワールドシリーズ第5戦で決勝HRを放ち、さらに守備でもラインドライブの難しい打球を好捕するファインプレーで、シリーズ史上初となるドン・ラーセン投手の完全試合に花を添えた伝説は、いまでもボクたちの語りぐさになっています、ね…

通算HR536本のうち、左打席から373本、右打席から163本をスタンドに打ち込みました。

1974年野球殿堂入り。

ミッキー マントルのつけていた背番号「7」は引退した翌年、1969年にヤンキースの「永久欠番」に指定されました。

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(写真はYahoo!sportsサイトと個人資料から)
…NY152…
by mlb5533 | 2006-03-11 15:43 | 永久欠番

すでに皆様もとっくにご承知の通り、本日は「松井選手」の休養日です。
昨日、トーリ監督が記者たちに「マツイは遠征には行かないよ…」と、発表していましたから、ね。

本日の試合結果は…NYY 4-CIN 5 でした。本日の試合は、主力選手の休養日のようでした。

一方、気になっているWBCUSA17-RSA0で、5回コールドの圧勝でした。

          これが最後の勇姿になるのか、USA代表のクレメンス投手
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どうやらこれでUSAはメキシコチームとともに、B組の予選を通過して、2次リーグに進めるようですね。
この試合で、Griffey CFが2ホーマー、しています。A.ロッドが3-4のヒットメーカーで、ふたりで8打点をたたき出しているようです。
全日本との2次リーグでの試合は、現地時間で13日になる予定ですよ。
…NY152…
by mlb5533 | 2006-03-11 12:16 | 第三章

おそらく、この松井秀喜選手のルーキーカードはPC上では、はじめて掲載されるんじゅないかなあ…。

ボクの「永遠の宝物」を、このブログを読んでくださっている読者の皆様ならびに、全世界にいるヤンキース「松井秀喜選手」を応援してくれる人たちに…紹介しましょう。

this is it !
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もちろん、シリアルナンバーは「消して」ありますから。念のため…。

ボクの友人が「Masamiさんの誕生日のプレゼントはこれしかないでしょ!」
って、NYを走り回って探し出してくれた「カード」です。2003年のことでした…。
彼は舞台のプロデューサーです。なので、ボク以上にNYを行ったり来たり。そのたびにUpperWestにある「FAIRWAY」まで行って、ボクの好物FlavorCoffeeを買い込んできてくれますが、03年だけは、特別でした。

皆様も、話には聞いていると思います、松井選手の「このルーキーカード」の話は。
しかし、日本で見つけるのは難しいですよ、ね。もちろん今となっては、NYでも難しいですが…。
実は、このカードの他に、もう一枚デザインが違うカードがあります。それは、ボクも見たことがないけれど、上半身の肖像画みたいになっていて、笑顔の松井選手が描かれていると聞きます。

「Masamiさん、どっちがいい?」
「両方!」
「ダメ、1枚だけ、どっちか」
「じゃあ、バット振ってるピンストライプの方!」
「了解!」

ってな、慌ただしい国際電話でした。

あれ以来、ボクはますますYankeesなる球団の持つ不思議な魅力を感じました。

友だちといえば…
ボクの友だち数人で、Yankeestadiumに行った一昨年のこと。その友だちは、カメってあだ名です。
JICAの青年です。東南アジアに赴任しています。
「どうだ、Yankeesのシートが取れたぞ。カメ、お前も行きたいのかぁ?」
「行く!」
と、国際電話で成立。カメもノロノロNYまでついてきました。で、彼がStadiumのShopで買ったものは、なんとまあ、ジータ選手のサイン入りグローブでした!

「宝物です、ボクのぉ」

カメはいまでもそのグローブを抱いて、寝ているそうですよ…

松井選手が今季ワールドシリーズを制覇したら、彼に「リング」が贈られます。
もしそうなったら、きっと松井選手は「宝物」にするでしょう。そして、石川県にある彼の「記念館」に展示されることになると思います…。

1961年優勝したときの「Mickey Mantle選手」の「リング」です!
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「夢」を追いかけて… オナゴどもには、ちと、理解でないであろう男たちのロマンが、こうした「宝物」って形に表れているのです、よ、ね。


追伸:今日の試合結果は、NYY1-DET6でした。
んーーー、デトロイトタイガースとのオープン戦で、主力が出場。しかし、R.ジョンソン投手がまだまだ不調です。松井選手も0-2、シェフィールド選手もポサーダ選手も…。WBCの結果が彼らに悪影響が出ていなければいいんだけど。気になります…。

…NY152…
by mlb5533 | 2006-03-09 22:16 | 第二章

a0094890_2144331.jpg今日の松井選手は、DHで3打数2安打 打点1で~~す。
ミネソタツインズとの対戦は、もちろん今シーズン初。ラドキー投手が先発です!
ツインズのエース級ですぞ。そうですよ、松井選手はラドキー投手にはいままであんまりいいところがなかったし…まあ、試運転にはもってこいの勝負がみられると、スタンドでは松井対ラドキーの対戦を楽しみにしていた様子です。

ラドキー投手の特徴は、緩急の使い分けの上手さと、ストライクゾーンから手前ですばやく落ちてくるカーブみたいなスライダーが武器です。
緩急の差は、72から92(マイル)。
速度をコントロールできるし、外角低めにもきっちりコントロール出来る投手。
そう、コーナーを突いてくる日本人投手と似たタイプです。
で、結果なんですが、2打席対戦して、1安打1三振でした。バットを折ってもセンター前に運びました。

三振は、今季初! ラドキー投手にやられました。
それも、速球ではなくて、ド~~ロッと落ちてくる74マイル程度のノロノロのチェンジアップが外角低めに。その球に体が泳いで…。「あの球は、シーズン中でも打てない」って、松井選手本人もコメントしていました。完全に脱帽。スゴイ球なんでしょう、ね。ラドキー投手の球は…。

                       ラドキー投手の力投
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試合結果は、NYY5-MIN0で完封勝ちでした。
これでヤンキースはオープン戦3連敗の後、3連勝して勝敗を5分に戻しています。

試合運びはヤンキースらしい特徴がそのまま出ました。
1回裏に3番松井選手がヒットで出塁すると、4番ポサーダ(そうです、我がヤンキースの正捕手)選手がいきなり2点本塁打。
4回裏には松井選手のタイムリーで1点を加え、序盤のリードを保ちながら、6回に2点を加えました。

6回裏、先頭打者だった松井選手は、いつものライト線を破るお得意の2塁打!
トーリ監督は松井選手をここで「お疲れさん」と、ベンチに戻しました。

そして、今日の大ニュースは!
我がヤンキースが世界に誇る守護神リベラ投手が6回にマウンドにあがられました!!
スタンドからは大拍手です。まるで、シーズン中みたいな歓声が上がっていました。
先頭打者をあっさり三振にとり、後続のふたりとも内野ゴロで仕留めてくれました。
4点リードした状況での登板でしたが、そこはそれ、リベラ様のこと。余裕の投球でしたよ。

Yankeesの「夢」…
ボクたちの「夢」…
そして、
松井選手の「夢」… は、
リベラ投手がいてくれるからこそ、実現出来るのです。彼の背番号42は、Yankeesでも永久欠番になるのはみんながわかっているモン、ね。リベラ投手の栄光の背番号でもあるということを…。

               今季初の登板!世界の守護神 リベラ投手様
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投手の話題をもうひとつだけ。
本日先発のチャコーン投手。昨年コロラドロッキーズから移籍しました。
帽子のかぶり方が、いたずら小僧みたいにかぶってる投手。特徴のある投手だから、すぐにわかりますよ、彼は。「おぉ~~、チャコーンかい、今日は!」って、ね。

            背番号39はチャコーン投手 2日の「開幕投手」の晴れ姿!
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2001年から、大リーグコロラドロッキーズのエース格として活躍していたのですが、03年から勝てなくなったのです…。
それが昨年シーズン途中からヤンキースに移籍後、いきなり7勝3敗の好成績でしょ!
防御率も2.85! 
どうやらチャコーン投手には、ヤンキースというチームが水にあったようでした。
2日、ヤンキースはフィリーズとオープン戦を開幕。その開幕投手がチャコーン投手でしたね。
あの試合では、2回をビシッと0点で押さえましたよ。

この試合でも、3回を投げましたが、2安打無失点。完璧な滑り出しをしています。
もしかしたら、トーリ監督は、オールスターまでの前半戦の試合では彼の先発登板を予定にしているのではないでしょうか。
いまのところ…だよ、いまのところ…だけど、王健民君よりはずっと安定感があるよ、ね。

さてさて。
本日はここまで。きりがないです。みな様、そろそろお仕事にもどりましょう…
後はテレビのニュースでお楽しみくださいませ!

(写真はYahoo!sportsサイトより)
追伸:恐縮です。なんとみんなのおかげで、このブログ21位だそうです!! ビックリして、うれしいし…。で、お願いがあります。「人気blogランキングへ」という文字を1回クリックしましょう。そうしてくれると、貴重な1票が入ります。宜しく…
えっ? カノー君? 本日の試合はどうかって? 全然ダメ! あいつのムラ打ちは「病気」です。完治するまで、待ってましょう。ではでは。
…NY152…
by mlb5533 | 2006-03-08 13:13 | 第三章

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松井選手が今季初のレフトの守備につきましたが、まったく、問題ナシ!!
打席でも、1打数1安打2四球。
1安打はまたしてもお得意のライト方向の2塁打! で、ございました、ハイ。
これで、
オープン戦 6-5 打率.833
でございます、ハイ。上々、ですねぇ~~
スゴイです。最高でしょ! 

あとはホラ、アレでしょう、アレ…。


ボクたち松井選手の「夢」を分かちあう仲間たちが待っていることと言えば~~??
そうですよ「松井今季初のホームラン」という見出しですねぇ~~、ハイ!!!

明日のミネソタツインズ戦が待ち遠しい…ぞ。

くだらないことなんですが、でも一応記事として本日の松井ネタを書いておきましょう。
松井選手のプレーに対して、観客たちが一瞬「アッ」っと息をのむシーンがあったのです。
それは初回、2塁打を打ったときです。
松井選手が1塁ベースをまわって2塁方向に走っていた瞬間、彼の足が…バタついたのです!!! 
「ヤバァ」ですよ、こりゃあ! 
「まさか…」と思いきや、グランドの土に足を取られてモタついただけのことでした。ご本人も2塁ベース上で「ゴメンゴメン」と言っているかのようにテレ笑いがこぼれていました。
松井選手が2塁ベース上にたどり着くと、スタンドからは大きな拍手が松井選手に与えられていましたよ…
ほっ~、でした。

試合は2回までに、Toronto3-NYY8で、早々と試合を決めてしまったので、松井選手はじめ、ジョンビ(1B)、カイロ(SS)などの主力選手は3回までに早々と交代させ、4回以降はトーリ監督らしい「若手の育成」にあてていました。

試合は5回にもつれましたが、結局Toronto8-NYY11で決着。


さてさて、皆様…
この試合で目立ったのが、なんとまあカノー君!
カノー君、もしかしたらこのブログ、読んでんのかなぁ?? まさか! 
でも、昨日の今日ですよ!
2回、1番カイロ選手が2,3塁にいる走者をライト前に2塁打して、2点タイムリー。
続く2番カノー君が、3-2(日本流に書けば、2-3)のフルカウントから、外角低めのスライダーをうまくすくい上げて、ライトフェンス越えの2ランホームラン! 2ランホームランですよぉ~~ 夢みたいでしょ、でしょ、でしょ!!! ホント、実話なのです。
本日の彼の打撃成績は、2打数2安打2四球の、100点満点の出来映えでしゅ~!!!

              カノー君今季初のホームラン! しかも、2ラン!!
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MLBの「PC.TV」で録画観戦(もちろん生中継してますよ、でも、時差で…がんばれる人は、是非生中継で見ましょう)して見ましたが、カノー君ったら、ベンチに帰ってきて大騒ぎ。自分からチームメイトに「ハイタッチ」して飛び回っていましたよ。なんだか、日本でもよく見かける「野球小僧」そのままですね。

ジョンビ選手は今日4タコでしたが、あの豪快なスイングは未だに健在ですぞ。カイロ選手はとにかくベテランですから、安定さに心配はナシ。
ただ、今日投げた王健民君なんだけど、ちと、心配。高いよね、まだ球が。まだまだ調整中です…。


(写真はYahoo!sportsサイトより)
…NY152…
by mlb5533 | 2006-03-07 15:05 | 第二章

カノー君を紹介します!

カノー君のこと。
Robinson Canó君は、ドミニカ共和国で1982年に生まれました。
松井選手より8歳年下です。
大投手のP・マルティネス(メッツ)に、若くして将来を有望視されているD・カブレラ(オリオールズ)投手など、ドミニカ共和国出身選手はたくさんいます。
内野手はこの人、D・オルティス(レッドソックス) M・テハダ(オリオールズ) A・ソリアーノ(ナショナルズに移籍)そして、本塁打王S・ソーサ(前オリオールズ)に V・ディアス (メッツ) J・エンカーナシオン( カージナルス)など、たくさんの選手がいます。

で、ドミニカ共和国の選手たちは、カノー君のふるまい方に代表されるとおり、大体が「シャイ」な性格です。
ねッ、ソリアーノ君もいたでしょ。P・マルティネス様は別格というより、まあ、ああいうお人もおられますが…。D・オルティスにしても、S・ソーサにしてもおとなしい人柄です。で、子供が好き、というお国柄でもあります。

尊敬するリベラ投手と(彼の自慢の写真です)
a0094890_16361389.jpgRobinson Canó君は、2塁手。
右投げ左打ち です。
そうなんですよ、松井秀喜選手とおんなじなんです、彼は。なので、カノー君は松井選手の真似をしたがります。とくにその傾向を感じるのが、松井選手がバッティングゲージに入ってから、です。一番観察しているのは、トーリ監督でもなく、マッティングリーコーチでもなく、静かに静かに、カノー君は松井選手のスイングを見守っています。
今度皆様の中で、Yankeestadiumに行かれることがあったら、是非彼らの打撃練習も見ていてください。カノー君が、松井先輩のスイングをじっと見守っている姿を見ることになるでしょうから…。
とうやら、そのことを松井選手も知っているようですよ。カノー君がホームランを打つと、ベンチでわざとらしく驚くのが松井選手だし、ポカプレーをすると、「もぅ~~ あいつぅ」って、兄貴のようにガックシしているのも松井選手です。この表情はふたりの親しさ、の現れ、ですね。
慕っていると言えば、クロスビー君も松井選手を慕っています。彼は外野手で、2004年にNYYに入団。大先輩のウィリアムス様やシェフィールド様、そして松井選手がお疲れの場合、その代役一番手として外野の守備につきます。チビ君ですが、かなりのガッツマン。昨年のプレーオフで逆転ホーマーを打って、ジータ様やA.ロッド様から手厚い祝福を受けましたが、ベンチに戻ったとき、松井選手が彼に飲み物を手渡しました。すると、照れくさそうにペコッお辞儀をしたのがユーモラスでしたね。

カノー君は去年ヤンキースに入団しました。もちろん、ヤンキースが彼にとって初めてのチーム。
で、その成績なんだけど…
まずは、打率を見ていただきたいのですよぉ。

ヤンキースの中で昨年のチーム首位打者から紹介すると…
 1.A.ロッド様 .321
 2.ジータ様 .309
 3.松井選手 .305
次がなんと
 4.★カノー君 .297
 5.シェフィールド様 .291
 6.元気印ジョンビ様 .271
となり、堂々の新人王候補でした…。が、しかし、いかんせん、ホラ、例のポカがあるから…。守備が、いまいち。走塁もトーリ監督以下チームメイトからも、もちろんNYYのファンたちからも「あッらぁ~~~」ってことしてくれるし、で。従って、アメリカのマスコミ関係者はあんまり彼を取材しません。で、新人王は…ダメでした、ハイ。
しかし、です。なんとも摩訶不思議なことなんですが、NYッ子のなかでも「カノー、行け!」って声援してくれるのですよ。かつてのソリアーノ現象とでも言いますか…判官贔屓とでも言いましょうか…けっこう彼に期待してる観客プロは多いのであります。
その昔、ディマジオ様が晩年になった頃に、若い選手でミッキー マントル君が入団。その当時もミッキーはポケも目立ったけど、幼い顔が受けて人気を得て、やがては大打者になっちゃったし…。

ミッキー様とカノー君は、バッティングが違いますよ。力と小技ほどの違いがありますから。カノー君にミッキー先輩みたいに…なんて希望はもっても無駄です。それよりも、打率を上げることです、彼は。そして、「ポカ」を一掃すること! そしたら、本物の大リーガーになれる! もしかしたら、今年「オールスター」に選ばれるかもしれない…いやいや、ホントですって。それほどの資質を隠している選手ですよ、彼って。

まあ、ムラ打ちがあるから…。全然タコって日が、次の日はバカ当たり、なんてことが多かったので、アベレージヒッターになるためには、その辺も克服しないと。

さてさて。
明日の試合にカノー君は出場するでしょうから。期待してあげましょう!

…NY152…
by mlb5533 | 2006-03-07 05:04 | 第二章