大リーグには、物語がたくさん秘められている…。時が経てば、物語にはさらに膨らんで、夢物語になっていく。どんな世界でも、そうだ。史劇などはまさにこれだろう。

2009年は結局、ヤンキース・松井秀喜選手の物語が語り告げられていくことだろう。
手首を骨折して、さらには両膝を痛めて再起が危ぶまれDH専門の打者として復活したこの年。ヤンキースタジアムは新しい球場に生まれ変わってスタートした今シーズンだった。そんななかで松井選手はシーズン中でもサラナラを含めて記憶に残る打撃を続けた。そして、ワールドシリーズでは6打点の記録に残る活躍で、ヤンキースを9年ぶりの栄冠を勝ち取る原動力だった。語り継がれることだろう…。

2004年のシーズンもまた、大リーグファンには記憶に残るシーズンだった。なにせ、ヤンキースは3連勝したのにレッドソックスの4連勝で屈辱的敗北。レッドソックスはその勢いのままワールドシリーズを制覇。バンビーノの呪いから1918年以来の優勝を遂げたシーズンだった。
また、シアトルマリナーズのイチロー選手が258安打を打ってジョージ・シスラー選手の記録を超えたのもこの年の10月2日だった。エドガー・マルチネス選手の引退試合でもあった。マリナーズは04年は最下位。99敗でシーズンを終えた。イチロー選手は262安打でこのシーズンを終わっている。
10月2日の試合相手はテキサスレンジャースだった。
ショートにはあの安打製造マイケル・ヤング選手が3番を打ち、1塁ベースにはテシェイラ選手は4番を打っていた。
あの試合で、先制2ランホームランを打ち込んだのはテシェイラ選手だった。いま思い返すと、おもしろい。やがてあの試合から月日が流れて、4年後の2009年テシェイラ選手はヤンキースに移籍することになるとは、あの頃予想するのは「夢物語」だったろう。当時23歳であり、デビューしてまだ2シーズン目だった。アトランタ、エンジェルスに移籍して落ち着かなかったテシェイラ選手は2009年、ヤンキースが将来の大砲として白羽の矢を立て今季大活躍してくれた…。

マリナーズの設立は1977年(昭和52年)で新しい球団である。
永久欠番もない歴史の浅いチームである。しかし、背番号「11番」マリナーズ一筋のマルチネス選手、そして帰って来た「24番」シアトルの王様・ケン・グリフィージュニア…などは永久欠番に指定されることだろう。もちろん、鈴木一朗選手「51番」も、である。

ジュニアが来季、マリナーズと選手として契約した。
シアトルの新聞のみならず、この朗報は日本のメディアも伝えている。ジュニアは今シーズン終了と同時に、膝の内視鏡の手術をしたというニュースがあったから、ボクは「ジュニア、来季もやる気だな」という予感がしていた。これでまた、彼独特のあの華麗に伸びるスイングが見られるのが楽しい。膝の故障さえなければ、手首の骨折さえなければハンク・アーロン選手の本塁打記録をとっくに塗り替えていただろうに…。
ボクは昔からジュニアと松井選手がダブる。ともにチームプレーヤーである点。ジュニアはみんなもよく知っているように、アットホームが信条。まさに、アメリカ的生活をしている。松井選手は地元では記念館を建てて子供たちに夢物語を提供しているし、里親になって支援を続けているように奉仕活動を積極的にする人物。どこか、武士道的礼儀正しさを身につけている。ともに、ナショナリティーを失っていない、とボクには見える。それがたまらなく、いい、のだ。あげく、両者ともにおんなじ箇所を怪我している…。

そして、両者ともに国家を代表するホームランバッターであることだ。
まだ健在のうちにこの両者がホームラン競争に出場させたいものだと夢を見ることがある。
今年、あれだけ記憶に残るホームランをWSで見せた松井選手だ。そんな夢を見せたのはボクひとりだけではないだろうに…。

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by mlb5533 | 2009-11-17 01:19 | 第七章

NYから届いた

せっかく届いた写真です。ご紹介しておきましょう。
NYからSeattleを経由して、ここ板橋のアパートへ!

松井選手の「ナマ写真」です。
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うれしいねぇ…。
南端のバッテリーパークは、映画のロケではだいぶ使われています。でも、ボクはこの付近には行くことがなかった少なかったですね。むしろ、北端の方がおもしろかったから。大学もあったし、特別なジャズクラブも北だったし…。
マンハッタン北端の「C」の字はまだ健在かな? あの辺はマンハッタンって感じが消えて、ちょっとしたピクニック気分でしたが…。メトロポリタン美術館 の別館クロイスターもある。ここはほとんど誰も来ないのが不思議だったけど。報道写真とは違って、友だちの視線で写した写真が届くと懐かしさが募ります。

アッパーウエストばかり行きたがったのも、NYをもっと知りたくなったから。そんなきっかけを創ってくれたのは、ヤンキースを語ってくれた友だちだった。あの頃、たくさん歩き回ったものです…。
そろそろNYは冬が来る。今年の冬は、熱くなるかも、ね。

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by mlb5533 | 2009-11-10 01:46 | 第七章

「夢の羅針盤」

第八章「夢の羅針盤」

旅に出ようと思う。
旅と言っても実際どこかに観光旅行に行く計画ではない。しばらくの間、松井秀喜選手を自由にしてあげようと感じたから。この7年間、ボクは彼を縛り付けていたように思う。
ああなって欲しい、ここはこうすべきだ、もっとこうして欲しい…だのと、要求ばかりしてきたように思う。
要求、期待という言葉は、うまくいかない。もっともボクのようなファンはこの言葉ばかり松井選手に浴びせていたようだ。もう少し、ボクも彼のような大人にならなくてはいけない時が来た。
開放してあげる時が来た…。

彼のMVP獲得の式典の様子を見て、こみ上げるものがあった。要求を叶えてくれたサンタクロースではなくて、とても大きなひとりの人間・松井秀喜を見させられた。その姿は眩しいほどだった。さんざんこの7年間、彼に声援を送り続けた、といっても、ボクの声援とは実際には、期待と要求だけだったのかも知れない。
気がついたのだ、ボクは。MVP式典での松井選手の笑顔から、自分があまりにも幼いことに…。

今季開幕からしばら打撃は不振が続き、そんな中、不要論まで飛び出してボクに冷水を浴びせた。そんな冷たさが消えないまま松井選手は「10月決戦」に進出した。その舞台で彼は歴史的活躍をし続けて、存在感を示してくれた。だがそれでも、高齢化するヤンキースチームにあって、球団は若返りを模索しているという。松井選手のみならず、チームの若返り策に名前の挙がっている選手は多い。
じれったいやら、イライラやら。複雑な気持ちが続いた。あるいは、そんな球団に対して批判したい気持ちを抑えられない。このままではボクは、球団の決定をじっと待っているしかない。球団の決定に振り回されてしまう…。

だから、もう、よそう。そんな気持ちは。
なるようにしか、ならないのだから。

松井選手自身が自分の来季、どのチームで戦うのかを決めることは出来ない。
そこに至るまではそれこそ、年明けになるかも知れないのだ。松井選手の去就に関して、彼に任せようではないか…。自由にしてあげようではないか。そして、ボクもしばらく松井選手のニュースばかり追いかけて、一喜一憂するのにもいささか疲れた…。

だから、旅に出よう。

ボクが旅に出るように、松井選手も将来の自分像を求めてきっとしばらくの間は、旅に出ることになるだろうから。
彼は我が「夢」の方向性を見失うことなく、夢の道標である「目標」をまたひとつ通過した。その「目標」の通過自体、尋常ではなかった。矢面に立っての闘いぶりであり、最終的にMVPに選出された。ここまで成し遂げた人物は、日本人として「初」だった。だから世間は最大級の話題としてとりあげた。

ベースボールというたかが子供でも出来る球技を、松井選手はたったひとりで、その全身を駆使して体現した姿には、一種「美学」の輝きさえ感じる。彼が体現したものは、勝負事だけで解決のつかない情感と、人間的な躍動であり、人々とともに生きている実感をボクたちに示したことになる。まるで「芸術作品」ではないか。ボクから見ると、松井秀喜とは芸術家的素質を持っている人物だ。スポーツマンではあるけれど、創作言語も通じる人物に見えるのだ。

アラビアのロレンス…だったと思うが。こんなことを書き残している。
「男が夜見る夢なんざぁ取るに足りねぇさ。最も危険な夢は、男が昼間目を開けて見る夢だ。なぜなら、それを現実にしようとするから…」
だった…かな、うる覚えだけど…。

「夢」とは、人間が抱く普遍的しあわせ、である。幸せに人生を送っていきたい。万人共通のことばだ。
しあわせ、をしっかりと見据えてその羅針盤が示す方向を変えない人生を歩めるコツは、ひとつしか存在しない。それは「自由」でいることだ。人生は選択できる、というアイデアの土台には「自由」がなければできやしない。自由を欲しがっても、一部の人々にはそうさせなかった歴史を持っているのがアメリカ社会だ。黒人初の大統領が誕生して丸一年後のアメリカで、日本を代表する4番打者・松井秀喜選手が、アメリカの国技であるベースボールで、日本人初のMVPを獲得した。アメリカ文化の頂点に立ったとも言える。頂点に立った人に野球の神様が贈った物は「限りなく広がる自由」に違いない。
彼がいま握っているのは、「夢の羅針盤」だ。

松井選手はそのコンパスが指し示す方向にこれから「旅」に出ようとしている。どのような「旅」になるのか、見定めよう。さあ、ボクも、松井選手にあやかって自由の旅に出ることにしよう…。

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by mlb5533 | 2009-11-09 02:20 | 第七章

選択

あの瞬間はまさしく、歴史的な社会事件と言えるだろ…。
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松井秀喜選手が今季米国大リーグワールドシリーズ第6戦で6打点を記録して、大活躍。MVP(最優秀選手)に選ばれたことだ。歴史的な社会事件としての扱いは日本国内だけではなかった。米国内のメディアも松井選手の活躍に拍手を送っていた。
ヤンキース・松井選手の活躍はご本人が感じておられる以上にボクたちベースボールファンの心を掴んで離さない。2,3、4打席と松井選手が打席向かうたびにボクたちの「夢」は益々膨らんで、その「夢」に応えてくれたかのように、ホームラン、単打、2塁打を連発。そのたびに得点に絡むタイムリーヒット。
ゴジラのバットが火を噴いた。

NYY 7-3 PHI

NYYの7得点のうち、6得点は松井選手のバットによるもの。第6戦でヤンキースは昨年ワールドシリーズ制覇のフィリーズの連覇を阻止して、9年ぶりの「栄光」を呼び戻した。

ヤンキースタジアムに戻ってきての第6戦。
マルチネス投手から松井選手の打ち込んだホームラン、センター前ヒットの記憶は消え去ることはないだろう。心あたたまる、上質のヒューマンドラマの舞台を見せてもらったような、そんな感激がボクの心に染み渡っていく。とくにMVPトロフィーを高々と頭上に挙げて観客に感謝を伝えた松井選手のあの笑顔には、ボクだけではあるまい、日本全国の人々の心と、地元ニューヨーク市民たちの心までもあたたかなものにしてくれたに違いない。9年間、この日を待つづけたのはヤンキースの各選手たちばかりでない。ベースボールファンたち、そのなかでもニューヨークで生活している人々には特別な日になったことだろう。

自分の記録よりも、チームの勝利を最優先する松井選手の野球観は太平洋を超えた米国でも最高峰のチーム・ヤンキースファンたちにも受け入れられた。そのことにも、ボクは感動がとまらないのである。
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さて、「最良の日」から数日が経った。
松井選手は心境をこうコメントしている。
「ヤンキースに対する気持ちは変わりません。確かに今年はやり遂げたけど、この球団にとっては世界一だけが唯一の目標なわけです。今は最高の瞬間だけど、時間がたつにつれて“来年もここにくるためにどうするか”を考え始める。そういう球団です。ボクが来年、そこにいるかは分かりませんけど…」
と、来季の去就については白紙状態であるという。
ニューヨークに思い出を残しているボクにしてみれば、身近なNYYと再契約して欲しい。
しかし、
「ヤンキースは素晴らしい球団だし、同僚もファンも好き。そのヤンキースに必要とされるのは幸せなことかもしれない。でも、自分が残りたいと言っても、球団に契約しないといわれたら終わりなわけですから…。あくまで今のボクは受け身なわけです。球団から何かアクションがあるまで、ボクからは何もない」
球団の意向と現場の各選手たち。このふたつの狭間に置かれているのが、ボクたちチームファンだ。
ボストンから移籍したデーモン選手は早々と来季は契約しないことが告げられている。代理人はすでに他球団の情報を収集していると聞く。

ところで、日本人ファンの共通した野球観は、「生涯一チーム」を「善」とする意識が高いのではなかろうか。それは、長嶋選手と王選手の時代に確立したものではなく、「就職先」を転々と変えないことを社会道徳のようにしてきた日本社会の国民性ではないだろうか…。経営者と雇用者との関係は、「家族」であり「一家」「藩」的な社会思想が土台にあった。それが高度成長経済の推進力ともなっている。「一家制」で大成功した経済活動が日本経済の底辺に存在していた。そんな人生観の持ち主が野球を観戦した時代には、自分の贔屓チームを転々と変えなかった。「ニワカファン」は少なかったのである。
力尽きるまでひとつのチームで活躍した選手に万雷の拍手を送ったものである…。しかし、いまはそんな社会ではなくなった。自分を守るために就職先を変えることはむしろ、「善」にすらなっている。ひとつことを全うする姿を、「ダサイ」と言われる時代である。
高度成長経済が終焉を迎えた頃、プロ野球界にもFAが導入された。自分の好きなチームに、自分を高く評価してくれるチームに移籍できる。ひとつのチームに最後までいる必要はない。

FA。今となってはチームカラーを追い求めた旧来のファンにとって、やっかいであり複雑な気持ちにさせてしまう制度になったものである。一方では、考えてみれば松井選手はFAなくして太平洋を渡ることは出来なかったことも、また事実である。
そんな気持ちが自分で整理できないファンは、ボクのような恥をかくことになる。チームと個人の選手、それと球団経営。きちんと区別しておかなくてはならない。
シアトルにはイチロー選手以前から、「ジュニア」という超スーパースターがいる。「背番号24」である。
彼がレッズに移籍した時、シアトルファンのなかには本当に涙して彼との別れを惜しんだ。そして、数年後シアトルには「ジュニアをマリナーズに帰そう」という主旨のボランティア団体まで誕生している。今年ジュニアはシアトルに帰って来た。DH4番打者として。確実に「背番号24」は、シアトルマリナーズの永久欠番になる。
怪我さえなければ、現役最高の堂々たる本塁打王だろう。ジュニアはシアトルでは、キング、なのだ。
シアトルのようなチームとは色合いが違うのが、ヤンキースだ。なにがなんでも毎年ワールドシリーズの舞台にいなければならないチームなのだから。その経営方針は時としてファンの気持ちとは裏腹な決断をする。ティノもそうだったし…、いちいち選手の名前を書いていたら切りがない。そういうチームであることを忘れてはいけないのだ。

03年、松井秀喜選手はその球団の思惑に合致した選手だから入団したのである。本人も「ヤンキースで世界一になること」を目標に掲げていた。お互いに相思相愛だったから移籍できた。ようやくその目標が達成されたいま、松井選手はこう言う。
「自分にとって何がいいか、自分にとってどういうチームがいいのか。もう1回、気持ちを白紙に戻して考えた方がいいかな、と思っている」と。

ボクはそれでいいと思うようになれた。
大リーグを長期間にわたって観戦したいのなら日本の観戦の仕方とは違うぞ、という「但し書き」を忘れてはファンは痛い目を見る。

松井選手がどんな来季を迎えるのか、どんなチームにいるのか、どんな選択をしようともボクは松井選手を支持する。たとえ、それがヤンキースでなくても、である。そう思ってくると、むしろFAになったら当然長期戦になることだろうから、それもまたおもしろい、と思えてきた…。
そんな日のこと、松井選手が10年間所属していたチーム・巨人軍が日本シリーズで日本ハムを4勝2敗と下して、七年ぶりに日本一に輝いていた…。

これにて、
松井秀喜選手「夢」物語第七章
の結び原稿とさせていただきます。コメントをいただいた多く皆さま。太平洋を越えた外つ国からもコメントしていただいた皆さま。うれしかった、です。ときどき、コメントを読んで涙が滲んじゃった日もありましたし、激励をいただいたこともあります。
ありがとうございます…。

なお、性懲りもなく近々、松井秀喜選手の「夢」物語第八章
を、書き始めます。また、皆さまからのあたたかいコメントを期待しております。
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by mlb5533 | 2009-11-08 04:19 | 第七章

やっぱ、止めることは、止めます! …ごめん、人騒がせして。
前記事を撤回!!   みっともないことしちまった…。お恥ずかしい、ごめん、みんな…。
なんと、ですよぉ、いま、記事を読みに来てくださった人たちの人数が150人を超えていました、ですよ。
で、ランクは23位くらいに急上昇してました。
クリックしてくれて、うれしっス! このクリックの数はそのまま「松井選手応援団」の熱気ですよね。それなのに「完結」なんて…。松井選手をもっともっと上昇(そして常勝)させましょう。その目的のためにボクはこのブログを書いてきたのに。自分の目的を忘れたアホ、でした。
これだけ多くの人たちが読んでくださっていたのに、なんという浅はかな自分なのか。恥ずかしいです。
すみませんでした。

要するにですよ、米国のメディアにかき回されすぎでした、ハイ。
せっかくMVPまで獲った選手に対して早々と「来季もいる論」だの「いらない論」だの、慣れない英語の記事なんて読んじゃったせいで…。ムカムカしてきちまったんですよ。
前文の記事を削除しようとしましたが、これもなにかの「記念品」として、そしてボク自身の「イマシメ」のために、とっときます!! 恥をさらすことにします。

前文の記事ではまるで松井選手への「惜別ソング」みたいでいやみったらしいッす、ハイ。
全然生き生きしてない、へたくそな記事でした。

オガチャンのコメントでボクは復活したのだぁ! オガチャンだけじゃなくて、ボクの個人的メールがドカドカってきまして、「おめでとう!」のお祝いのメールをたくさんいただきました。

松井選手の夢物語はここで完結して、と。だからといって、完全に廃刊するのは身勝手すぎました。

この続きは、松井選手とNYYとの話し合いで、あと15日たてば否応なくわかるのでそのとき、
新タイトルでリメイクして再スタートしちゃいますから、ね。そうします!

全然関係ないけど、今日は「松井選手ファン」が集まって、万世本店で、すき焼きパーティーをしてきました。
なんと、皆さまからの「おごり」でしたよ! これもひとえに、松井選手のおかげです。

松井選手をふたたび追いかけます。人のいい松井選手だから…。
その選手の「夢の続き」を見るために…。

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by mlb5533 | 2009-11-06 03:57 | 第七章

ここに「夢」の完結!

ヤンキース・松井秀喜選手がフィリーズと対戦したワールドリーズの第6戦で、本塁打1本を含む3安打で6打点を挙げて、日本人初のワールドシリーズMVPに選ばれました。

「松井の笑顔を見て、涙が出るほどうれしさが込み上げてきた。ヤンキースに入団して7年、心身ともに苦労が多かったと思う。今季もコンディションに不安を抱えながらプレーしていたようだが、最高の形で報われた。ゆっくり休んで、また来季、松井らしいプレーを見せてほしい」
このコメントは長嶋茂雄元巨人軍監督です。
ボクたち松井選手ファンの気持ちを代弁してくれたことばです。

「ヤンキースで優勝するために来ましたから」と松井選手は胸を張って記者団の質問に答えていました。その「夢」が太平洋を渡ってから7年目でようやく達成できました。

これでいい、これでいい。他になにを望むというのだろう…。
こんなにも清々しい気分は久しぶりです。
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で、いろいろとボクなりに考えました。
書き残していることもありますが、この「松井秀喜選手の夢物語」は、松井選手の「夢」の達成とともにここで一旦、完結終章、とさせていただきます。長い間つたない記事を読んでくださった皆さま、お会いすることのない人たちのあたたかいコメントの数々に、心からお礼を申し上げます。
「ありがとうございました」

最後になりましたが、
松井秀喜選手。ボクはあなたに「夢をもって生きる」素晴らしさと、「友情」の美しさをベースボールという舞台で見させていただくことが出来ました。感謝で…ことばになりません。
「ありがとうございました、松井選手!」
そして、
「夢の達成、おめでとうございます!」
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by mlb5533 | 2009-11-06 02:51 | 第七章

速報!

ヤンキース、ワールドシリーズを9年ぶりで制覇。
NYY 7-3 PHI
松井秀喜選手、6打点の大活躍で、MLB史上東洋人初のMVPに!
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目下、感無量のため記事が書けません。
詳しくは、のちほど。
まずは、お知らせでした。

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by mlb5533 | 2009-11-05 14:21 | 第七章

I’m crazy about Yankees !

感激してます! ありがとうございます!
んッ、なになにって?
それはですねぇ、皆さまからこんなにもたくさんのコメントをまとめていただいたのはこのブログ史上初だからでございます。そのうえ、ブログランキングがなんとなんと、このブログ初の29位! このブログを書き続けてきましたが本日、最高の記念日になりました!
本来ならいつものように、お一人様ごとに返信を書くべきなのではありますが、異変ともいうべき事態なのであって、ですねぇ、このような異変は明らかな事件ですので、記事扱いとさせていただきました、ですよ。 ハイ!

ヤンキースの全選手並びに我が「松井秀喜選手」に成り代わりまして、厚く御礼申し上げます、です!
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帰ってきて、PCをオンしたらこのコメントの数でしょ! あ~~、ビックリした…。
今日は友だち数人と神保町の行きつけのお店に行きました。お目当ては例の餃子です。
七人でいって、まずは八人前の餃子を注文。あとはいろいろと…。そしたらお店のテレビで「日本シリーズ」を中継してます。ボクは子供の頃は巨人ファンでしたが最近はどんな選手がいるのかさえよく知りません。長嶋選手や王選手が活躍した頃の「巨人ファン時代」の日本とボクのあの頃の姿は、すっかり昔に遠退きました。
プロ野球の熱から冷めて、まったくの無趣味時代が続いていた80年代、なんの因果かひとりニューヨークで記者生活。人以上におしゃべりなボクが言葉もままならない外つ国にひとり、淋しさが襲ってきたものでした。そんなときでした。NYの友だちがボクをビレッジに誘い出して、 Bleecker St.とMacDougal Street.の交差点「La Figaro Cafe」で散々ヤンキース物語を聞かされました。はじめてヤンキースタジアム球場にも行きました。EmpireStateBld..側のアパートにいましたがあれ以来、仕事が終わるとひとりでもビレッジに外出できるようになりました…。「La Figaro Cafe」でのんびりと原稿を書いていたこともありました。数年前、ビレッジに行ったらもうすっかり様子は変わっています。大都会の表情は実に早く様変わりしてしまう…。近くの「Dante」だけは十数年経っても変わりなかったのが救いでしたが…。アッパーウエストが好きになったのは90年代でした。

ニューヨークとヤンキース。
このふたつの item がボクを昔の自分に戻してくれました。無趣味人間からの卒業です。ボク、アメリカ人は嫌いだったのですよ。だから英語なんて学ぶ気がしなかった。絶対にアメリカなんて行くことはない、と決め込んでいたから。それがなんの因果か経済記者…。なので経済の本場・アメリカに。それも、相棒もいない単身で。
学生時代、ドイツから認識論を学び、フランスから美術を学びました。イギリスから言語学の基礎と演劇を学び、ロシアから文学を学びました。でも、アメリカからはなにひとつ学ぶことはない、とおもっていました。でも、ニューヨークで知り合った友だち、つまりアメリカ人から、学校では学べなかった「慈愛と自由」を体験しました。そんなことから、ヤンキースの物語はボク個人にとっては、第二の祖国物語、と勝手にそう思っています。そのmotherland でいま、2000年以来の栄光が帰ってくるかどうか、大いに関心を集めています。01年9月の「あの大惨事」以来、ヤンキースタジアムでは7回裏「God Bless America」を歌い続けています。ボクもまた「911」で友だちの悲しむ姿にあいました…。あれからもNYには出向きます。あの場所は個人的にも思い出が詰まっていますが、行く気にはなれないのです。行かなければならないのでしょうが、まだまだボクにはあそこに行くまでの心の準備が出来ていないからです。そんな人たちが生活している大都会NYでいま、かつての栄光が戻ろうとしているのです。

そうです、ヤンキースのワールドシリーズ制覇の夢物語が、です。ヤンキースはメッツとともにニューヨークの人たちにとっては元気の源と言えます。ブロンクスだけではなくて、メッツのクイーンズでもヤンキースがもし優勝したとしたら今季ばかりはきっとブロンクス同様の光景が見られるとボクは思ってます。
2000年の「あの対決」を棚に上げてまで、クイーンズでもブルックリンでも…。
a0094890_3319100.jpgいまや、子供たちは家の中で黙っているはずがない! スクールバスの中ではジータ選手とA・ロッド選手の話しで持ちきりのはずです。そして今宵ばかりは小言を言うお母さんまでテレビの前に陣取ってヤンキースに声援を送っていると確信します。
もし、空港からマンハッタンまでタクシーに乗ることになった、ドライバーにこういいましょう。
「I’m crazy about Yankees !」
この一言で絶対にドライバーはバカ笑いしてくれるはずです。ドライブはきっと、いい時間が過ごせるはずですから! 
NYにゆかりの人たちのほとんどは、ヤンキース&メッツ=My motherland と同等な意識で生活しています。決して大袈裟ではありません。かつての巨人がそうだったように。巨人の勝敗が次の日のコンディションに影響が出た時代がありましたが、いまでもNYッ子にとってヤンキースとはそんな存在なのです。
プロ野球チームが優勝したら経済効果が云々、と日本のメディアは書くでしょう。でもヤンキースは今季、経済効果よりももっと大事な効果をNYッ子にもたらすはずです。ヤンキースがワールドシリーズで「栄光」を復活させたとしたら、痛んでいたNYの人々の心に、きっと、きっとあの輝きと自信に溢れた笑顔が帰ってくるのではないだろうかって、ボクは思うのです…。

だからヤンキースの全選手たちよ!
NYのために、全世界のベースボールファンのために、そしてボクのためにも平和と安らぎを復活して欲しいのです。

あと、1つ…なんです! あと1つ。

a0094890_327219.jpgヤンキースが優勝するためには結局この人の存在が不可欠なのです!
そう、ヤンキースの主将・ジータ選手です。あのガッツプレーが生きている限りヤンキースは「永遠に不滅」なのであります。こういう試合ではとくにジータ選手のリーダーシップが発揮されることでしょう…。

4連覇した栄光を再び取り戻すためにチームの大黒柱として個性豊かな各選手をまとめてきたのは、他ならないジータ選手でした。松井選手が06年復帰した試合で5打席4打数4安打1四球してファンを仰天させたとき、一番大喜びしていたのは主将・ジータ選手でしたね。
「骨が折れたんじゃないよ、ヒデキは骨を休めてたんだよ」
と、コメントして記者たちを大笑いさせて、冗談を交えてヒデキ復帰を祝福してくれたのはジータ選手でした。


たった一言、ボクは主将・ジータ選手にこういいます。
「勝って、輝いてください!」

遅くなりましたが、本日コメントしていただいた多くのヤンキースファン&松井選手応援チームの皆さま、
ありがとうございました。
そして、「あと1つ」だけを夢に見て…。

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by mlb5533 | 2009-11-05 03:32 | 第七章

PC持参して…

なんとまあ…。
突然今から、どうしても出かけなければならない…。

ああ~。またPC持参でいってきますが、みなさま。
ボクのような境遇の者のためにも、最後のひと押し、よろしくお願いいたします!

出来れば、現場のPCを使って記事にするかも知れませんが…。

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by mlb5533 | 2009-11-03 09:15 | 第七章

さあ、ヤンキースが2000年以来、9年ぶりでMLBワールドシリーズで3勝目をあげ、「王手」をかけたぞ! みんな、どうする、明日!

まずは見てくれ、このスコア!
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そう、8回裏までなんとか先行しておきながら、遂にここで同点にされてしまった。

中3日とはいえ、7回2死まで好投を維持していたサバシア投手が、なぜ降板しなければならなかったのか…。
それには信じられないドラマが起きたことをみんなに伝えておかなくてはならない。
サバシア投手になにが起きたのか?

a0094890_16174866.jpgロリンズ選手、ビクトリーノ選手をあっさりと仕留めた後、また「あのドラマ」が起こってしまた。
第1戦、濃紺の軍団を震えさせた赤い軍団の英雄・アットリー選手がまたまたサバシア投手から3号ソロを打ち込んでしまった…。英雄・アットリー選手のワールドシリーズ3本のホームランは全部サバシア投手から打ったものだ。真っ赤なスタンドからけたたましいほどの黄色い大歓声が上がったことは言うまでもなかろう…。

NYY 4-3 PHI 
んーー。
7回、1点差。シーズンの戦い方とはまったく違う。
ここはまさに一本勝負の舞台だ。ひとつのエラー、ひとつの四球、ひとつのアイデアが直接勝敗を左右してしまう。それがワールドシリーズであることは、みんなもご存じのとおり。
だから安心できない、ここは微妙だぞ。

8回からマウンドにチェンバレン投手があがった。力の投球からストレートを多投してあっさり2死を奪ってくれた。しかしまだ安心は出来ない。あとひとりでチェンジという場面で他席に立ったのは、本日絶好調のフェルツ選手。レフトスタンドに1号ソロを浴びてしまった。

NYY 4-4 PHI 同点…。
試合はここまで来たのに、振り出しに戻されてしまう。
まあ、これがベースボールの「しびれる台本」なのだが。それにしても、この場面でホームランが飛び出すとは。

9回表のヤンキースの攻撃。こういう時は後攻めチームの方が有利なのだろう…と思うし、これは延長戦になるかもしないと気持ちを抑えて攻撃を観戦する…。
松井選手が打席に立った。しかし今日は難しい低い球を打ってフライアウト。続くジータ選手は3振に倒れた。これで2死。デーモン選手に打順が回ってきた。
デーモン選手の今日の試合はいい。1回の2得点はデーモン選手の2塁打がきっかけになっている。そのデーモン選手はこの場面でレフトにヒット。続くは3番・テシェイラ選手。
デーモン選手が盗塁だ! 捕手からの送球がそれて球が一旦グラブからこぼれ落ちた。
その一瞬の間を突いて、デーモン選手はヒラメキがあったのか、なんとなんと3塁へ走っていくではないか! 誰が見ても、ヤバイぞ、それって。
ところが、である。3塁には赤い軍団の選手が誰もいなかった! 勝手に走っていいですよ、といわんばかりの守備体系になっていたのである。
なぜ? それは打席にテシェイラ選手が立っていたために、守備体系がテシェイラシフトになって3塁手が2塁を守っていたからだ。そこを見て取ったのがデーモン選手の「ヒラメキ」となってプレーに現れた。
デーモン選手のヒットが、事実上3塁打と同等の価値をもたらしてしまったのである。

さあ、どうする赤い軍団! 2死3塁。デーモン選手をホームに帰すようなら、またまた逆転される。
結局、テシェイラ選手は四球。3塁、1塁として守り優先を選択した。
このワールドシリーズでは、4番対決、とまでいわれていたが両軍の4番打者はさほど目立った活躍はしていない。A・ロッド選手は昨日のホームランで目覚めたかと思っていたが、今日はまだヒットは出ていなかった…。そのA・ロッド選手が打席に立つ。

ここで打てば、日本流でいう「オトコのコ」なのだが…どうだろうか。
息をのむ。…息を凝らしてテレビ画面に集中する。

A・ロッド選手は思い切り引っ張った!
飛んでいった打球はレフトセンター間だ!

堂々たる2塁打。これぞ4番の仕事であるぞ、ハイ。
3塁にいたデーモン選手はゆっくりと生還。テシェイラ選手は3塁へ。

NYY 5-4 PHI 逆転!
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攻撃は続く。ポサーダ選手はセンターにヒット。
二者生還して
NYY 7-4 PHI

9回裏は、リベラ投手がきっちりと抑えてゲームセット。
この瞬間、2000年以来ヤンキースはワールドシリーズに3勝目をあげて、頂点達成まであと1勝にしたのである。
強い。今年のヤンキースは本当に強い。粘り強い特徴が今までのチームカラーとは違っている。全員野球、なのである。まるで日本のベースボースボールチームを見ているかのようだった。

今日の第4戦。ボクにまたひとつ物語が残りました。
それは、「サバシア投手対アットリー選手」の激闘物語です。今季ワールドシリーズの思い出の一齣がまたひとつ、増えました…。そして、付録には「デーモン選手のヒラメキプレー」でしょう。

さあ、明日だ。
ここまで来たら、ヤンキースよ! 夢にまで見ている「あれ」を、決めちゃってください。
あなたたちのために、太平洋を越えた我が日本国では全国的に休日にしてありますから…。
子供たちはジッチャンの膝を借りてテレビの前に陣取ることでしょうし、新婚さんたちは奥様の手料理を楽しみながら松井選手の「あれ」を期待しているし、老犬は縁側で太った猫と一緒になってテレビ観戦するだろうし、PCに詳しい青年は「あの歴史的瞬間」を録画して楽しむことでしょう。

ニューヨークはそこよりもっともっと寒いから戻らなくていいです!
「あの」パレードのためだけに、戻ってきてくださいね!

松井秀喜選手の「夢」物語、完結させてください…。

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(写真はMLBサイトより)

…NY152…
by mlb5533 | 2009-11-02 15:36 | 第七章